自ら掘り起す家族のルーツ

『血族』(山口瞳 文春文庫)読了。

心に引っ掛かていたことがあった。それは、空襲で失われて
しまった1冊のアルバムだった。

早稲田大学の角帽をかぶった父、その父の上半身裸の後ろ姿を
写した写真。あと数葉、父の写真が続き、唐突に赤ん坊の頃の
著者の写真が貼られていた。

両親共に社h新好きだった。なのに何故、ふたりの結婚式の写真
がないのだろうか。家には母が「遠縁」としか説明しなかった
人たちの出入りがあったが、母は一切の昔話をしなかった。

子供の頃に耳にした、母と兄との諍い、父方の祖母が母に言い
放った「柏木田の女のくせに」という言葉と、自分に向けられた
憎しみさえ込められた視線。

父と母の結婚には、何かいわくがあるのではないか。芸事に優れ、
社交的で美しくもあった母は、一体、何を隠していたのか。

著者は少ない手がかりを元に、母の半生を、両親の結婚にまつわる
エピソードをかき集め、自分のルーツを辿ったのが本書である。

NHKの「ファミリーヒストリー」は、番組制作側がゲストのルーツ
を調べ上げる番組だが、著者はそれを自身の手と足で行っている。

今のようにインターネットでなんでも調べられる時代ではない。
地域紙の縮刷版や、母の生地と判明した場所にある警察に保存
されている資料を漁り、当時を知る土地の人たちに直接質問を
ぶつけながら、そのルーツを確かめて行く。

その合間には自分の生年月日にまつわる謎、家族の思い出、自身が
抱えていた鬱屈した思いが綴られ、最終章で父方のルーツを訪ねる
旅で大団円を迎える。

母方のルーツが判明するまでがミステリーのようでもあり、読み手
にもところどころで辛さが伝わって来るだけに、最終章を読み終える
と「ああ、こういう結末でよかった」と安堵さえ覚えた。

家族の過去を掘り起し、知ることの恐怖さえある作品でもあるが、
著者の母への愛情が感じられる良書である。

 

血族 (文春文庫 や 3-4)

血族 (文春文庫 や 3-4)