内容水増しはいけません

「これを見てくれている小さな女の子の皆さん、あなたたちはとても
価値ある存在で、大きな力を持っています。世界中の全ての機会を
受けるに値します。それを決して疑わないでください」

アメリカ大統領選挙で敗北宣言を出したあとの、ヒラリー・クリントン
Twitterの呟きである。

ヒラリーさん自身は好きではないのだけれど、この呟きにはちょっと
泣きそうになったよ。

自由の国アメリカでもまだまだ男女間の壁はあるんだよね。

『正規の贋作画商 「銀座の怪人」と三越事件、松本清張、そしてFBI』
(七尾和晃 草思社文庫)読了。

まさか老舗百貨店・三越であんなことが起きるとは思わなかった。
1982年に三越本店で開催された「古代ペルシャ秘宝展」に展示された
47点の大半が贋作であると判明した。なかには既に売約済みの展示
品もあった。すっぱ抜いたのは朝日新聞だった。

この事件はのちのち当時の三越社長の退任劇にまで発展し三越事件
となるのだが、そのきっかけとなった「古代ペルシャ秘宝展」の贋作に
深く関わった美術商が本書の主役であるイライ・サカイというイラン系
ユダヤ人だ。

バブル期、投資家によって絵画を始めとする美術品は芸術を愛でるもの
ではなく投機の対象となった。西洋絵画は高値で取り引きされ、価格は
高騰した。だが、すべて真作だとの根拠はあるのだろうか。

鑑定書だって偽造すればいくらでも出来る。高名なコレクターの所蔵品
だからといって、そのコレクターの手に渡るまでの経緯ははっきりとして
いるものばかりではない。

意図せずに贋作となってしまう場合もある。画家の卵が習作として模写
した作品が、いつの間には有名画家の新作として市場に出回ることも
ある。

だから本書に興味を持ったのだが、内容はかなり残念と言うほかない。
はっきり言ってしまえば内容水増しなのだ。

イライ・サカイは早い時期から日本で商売を始めており、その足跡を追い、
画廊関係者やイライ・サカイ周辺の人物からも話を聞いており、イライ
本人にも取材しているのだが、肝心な部分は何もはっきりしていない。

一体、日本のどの美術館・博物館の収蔵品に、イライが日本にバラまい
た贋作が眠っているのだろうか。

書けなかったのか、聞き出せなったのかは不明だが、過去にあった贋作
事件を詳細に記してお茶を濁している。ニューヨークにあるイライの店舗
で日本関係の資料を見せてもらっているのだはなかったのかな。

それならば、過去の贋作事件を多く引くより、イライの資料からの裏付け
取材は出来なかったのかと思う。著者自身の視点による、自分の自慢
話なんて書いてくれなくていいからさ。

美術界の裏面を知るにはいいのだろけれど、本来のテーマが消化不良
なのである。イライと接触したことのある松本清張に関しても、取材対象
者の証言ではあるがかなり失礼な記述がある。

裏取り出来ていないことは書かない方が良かったんじゃないのかな。

ところで「時代の綾」って表現はありなんだろうか。「言葉の綾」なら私も
使うんだけれど。