リアル・スパイ大作戦

『二重スパイ コードネーム《ガルボ》 史上最も偉大なダブル・
エージェントがノルマンディー上陸作戦を成功に導くまで』
(ジェイソン・ウェブスター 河出書房新社)読了。

ナチス・ドイツからは鉄十字勲章を、イギリスからは大英帝国
勲章を授与されたスペイン人がいる。

フアン・プジョル・ガルシア。彼がいなかったら第二次世界大戦
ヨーロッパ戦線の転機となったノルマンディー上陸作戦が成功は
なかったかもしれないし、戦後のヨーロッパの政治情勢は違った
ものになっていた可能性もある。

ノルマンディー上陸作戦を陽動作戦であり、第二の攻撃があると
ドイツ軍に思い込ませ、最強と言われたドイツの戦車部隊を他の
地域に釘付けにした稀代の二重スパイ。

スパイ愛好家(?)の間では有名な人物ではあるが、プジョル
MI5がどのような情報をナチスに提供し、まんまと騙して行った
かの過程が詳細に綴られている。

エニグマ暗号解読の話は出て来るし、後にソ連の二重スパイだった
ことが判明して亡命するキム・フィルビーは登場するしでスパイ
好きにはそれだけでたまらない。ジュル…あ、涎が。

それはさておき、プジョルである。天才的なスパイなのか、強烈
な妄想の持ち主なのか判断がつかない。

ロンドンにいるふりをしてスペインのドイツ大使館にせっせと
情報を送っていたのは実はポルトガルリスボン。しかもその
情報も「ブルーガイド英国篇」を参考書に、新聞などから仕入
たネタでイギリスに関することはデタラメだらけ。

傍受していたイギリス側もその存在に気付いてはいたが、プジョル
が発信する内容のデタラメぶりに「なんだこいつ?」と思っていた
のに、後にはプジョルをダブルエージェントとして雇ってしまうの
だからえげつない。さすが、イギリス。

MI5と組んで引き続きドイツ側に偽情報を流しながら、次々に協力
者をスカウトし、情報網を広げて行く。

ただし、この協力者も実はプジョルが考え出した架空の人物ばかり。
国籍や職業、性格付けもそれぞれに考え抜かれているのだから驚く。
その数27人。あんたは小説家か。

幾度かプジョルの正体がばれそうになることもあるが、危機さえも
上手く乗り越え、最大の山場であるノルマンディー上陸作戦へ向かっ
て作戦が進む。

スパイ映画やスパイ小説のようなど派手な活劇ではない。ほとんどが
机上で行われている作戦だ。非常に地味なスパイ活動だが、これが
滅法面白い。

欺瞞作戦成功後の、プジョルを含めた関係者の「その後」までも
追っているのもいい。

ただ、翻訳ノンフィクションによるあることなのだが、邦題と余計な
サブタイトルで作品の内容のほとんどを語ってしまっているのが難点。
原題を直訳すると「29の名前を持つスパイ」ともなるのだろうが、
この方がいいような気がする。

尚、ノルマンディー上陸作戦に向けてドイツ攪乱の為にイギリスが
雇ったダブルエージェントはプジョルだけではない。やっぱり、
イギリスはえげつない。