きっと彼らは幸運だった

川崎で中学1年生の男子生徒が殺害された事件の判決が出た。
求刑よりも軽い懲役9〜13年の不定期刑。

育成歴が考慮されたようだ。ならば、何故、永山則夫の死刑が
執行されたのだろうか。ブツブツ…。

『トップ・スパイ 冷戦時代の裏切り者たち』(グイド・クノップ 文藝
春秋)読了。

「命をもって国民に詫びよ」。ゾルゲ事件連座した尾崎秀美に、裁判官
は言い渡した。

映画や小説で数えきれないほど取り上げられているスパイだが、一旦
正体が発覚すれば尾崎秀美のように死をもって償わされることが少なく
ない。

しかし、正体が発覚しても逃げ延びた者や拘束されこそすれ命までは
奪われなかった者もいる。

本書は東西冷戦の時代に祖国を裏切ったスパイ6人へのインタビューを
元に各事件の軌跡を追った作品だ。

泣く子も黙るソ連KGBの諜報員でありながら、共産主義体制への憎しみ
からイギリスのMI6に協力したオレグ・ゴルジエフスキー。ある日突然、
「人事について話し合いからモスクワに戻って来い」と連絡を受ける。
こんな呼び出し、粛正以外に考えらえないだろう。心臓が止まるわ。

アメリカのマンハッタン計画に科学者として参加したクラウス・フックスは
ソ連に原爆開発の情報を流し続けていた。同じように原爆スパイであった
ローゼンバーグ夫妻は死刑にされているのだが、フックスは事件発覚後
に逮捕され、懲役刑も受けたが1959年に釈放された。

このフックスが中国に核技術を伝えとされているようだが、本当なんだ
ろうか。本書の中ではこのフックスだけが取材時に亡くなっており、直接
が聞けていないのが残念。

西ドイツの首相だったヴィリー・ブランド辞任のきっかえとなった東ドイツ
が送り込んだギュンター・ギョーム。彼はもしかしたら、故国東ドイツ
の忠誠よりもブランド個人の信奉者になってしまっていたのではないか。

イギリスの諜報機関の信用を失墜させたMI6高官のジョージ・ブレイク
はその裏切り行為もさることながら、刑務所からの脱走劇はまさに
スパイ映画のよう。

多くが報酬目当てではなく己の信念に忠実だったり、東西の架け橋に
なりたかったりとの動機なんだが、ただ一人、純粋に金銭欲から自分を
売り込んでスパイになったのがアメリカ海軍将校で暗号システムを
KGBに渡していたジョン・ウォーカーだ。

気落ちのいいほど思想・信条が介入する余地はなく、大金を掴んで
余裕どころか派手な暮らしをしたいからが動機だもんな。しかも同僚
や自分の弟、息子までを自らリクルートして巻き込んでいる。

アメリカ軍史上最悪のスパイ事件なんだけれど、当の本人はまるで
反省していないのがまた凄い。でも、発覚したのは奥さんにFBIに
通報されたからなんだけどね。ここはちょっとまぬけ。

どの事件も小説や映画さながらに面白い。本人だけではなく、関係者の
証言も付されているので同一事件でも視点を変えて読める。

西側世界を震撼させた「ケンブリッジ・ファイブ」も亡命などで逃げおおせ
ているが、表に出ないけれど射殺されたり行方不明になっていたりする。
特に鉄のカーテンの向こう側だった国で。

だから、例え逮捕され刑務所に収監されてていても命があるだけ彼らは
幸運だったのではないかな。

各章の終わりに事件当時の組織図等もあり、良書なんだけれど1995年の
発行なので入手しにくいのが難点だ。