政治家こそ湛山論文を読め

白鵬はもう口を噤んでいた方がいいと思うの。だって、まだ日馬富士
事件は解決してないんだからさ。

それにしても被害者である貴ノ岩貴乃花親方が悪者のように扱われる
報道って何だろう。おかしいでしょ。

土俵に復帰した後の貴ノ岩の将来が心配になって来たわ。

『湛山読本 いまこそ、自由主義、再興せよ。』(船橋洋一
 東洋経済)読了。

宮武外骨に続き、私の「言論四天王」のひとりである石橋湛山
論文のセレクションである。

石橋湛山全集』から70本の論文を選び、11のテーマに分けて編集。
湛山論文の後にそれが書かれた時代背景や関連する湛山の考え方を
船橋氏が解説を加えている。

多くが第一次大戦から第二次大戦の間に書かれた論文なのである
が、その内容が古びていないことに改めて驚く。

石橋湛山全集』は私の書棚にもあるが、拾い読みばかりしているの
で解説付きで湛山の文章を読むとその主張が一層理解出来る。

戦争に抗ったジャーナリストと言えば真っ先に頭に浮かぶのは桐生
悠々である。彼は生活を犠牲にしても反戦・反軍を貫き、激烈な
言葉で批判をした。湛山も戦争に進むなかで危機感を抱いていたのは
同じだ。

しかし、悠々と湛山には決定的に違う部分がある。湛山は起きてしまっ
たことは受け入れた。受け入れた上で、ならばどうするべきなのかを
論考した。う回路を探り、言葉を慎重に選んで時の政府や軍部を批判
した。

何故か。まずは「東洋経済新報」の読者に自身の考えを伝えることが
目的だからだ。当時の新聞がこぞって大本営発表を垂れ流すなかに
あって、権力に迎合することを潔しとはせずに批判すべきは批判し、
当局による発行停止処分さえ覚悟し、社員の処遇についてもきちん
と考えていた。

戦後は政治の政界に飛び込んだ湛山だが、彼の本領はやはり書くことに
あったのだと感じる。特に敗戦後早々に日本の再生を訴える論文の、
なんと生き生きとしていることか。

自分が思う方向と全く違う方向へ進んだ日本を見ながら、筆を持って
抗った言論人の文章は、政治家にこそ読んで欲しいと思う。ここに
日本の在り様を考えるヒントがあるのだから。

石橋湛山全集』を一気読みしたくなったが、取りあえず今後も拾い読み
に留めておこう。

尚、以下に1046年3月16日号「東洋経済新報」の社論として掲載され
た「憲法改正草案を評す、勝れたる其の特色と欠点」を全文引用する。

「政府の憲法改正草案要領が3月6日発表された。条文としての仕上げ
がまだできていないので、厳密に批判すれば、なお欠けた箇条も多く、
重要な点において不明の節も発見される。
最大の問題である統帥権についても、天皇は何ら責任ある政治的実権を
持たず、所謂象徴的存在に過ぎなかったことは、旧憲法においても改正
草案と異ならない。……記者はその意味において、些かも現行憲法
天皇制に変革を加えたものではなく、ただその精神を成文の上に一層
明白にしたに過ぎないと考える。
天皇の政治的機能がそのようなものであることを保障する実行手段とし
て、改正草案は総理大臣の選定を国会にゆだね、天皇は国会で指名され
た者を総理大臣に任命すると規定した。
国会で総理大臣の選挙を行うことは、従来のわが国の慣行とも大きくは
異ならず、したがって採用しやすい。しかも一部特権階級に総理大臣の
推薦を思いのままにさせる弊害を断つ、一つの妙案と考える。
今回の憲法改正草案要領の最大の特色は、
国の主権の発動として行う戦争及び武力に依る威嚇又は武力の行使を、
他国との紛争の解決の手段とすることは永久に之を放棄すること
陸海空軍その他の武力の保持を許さず、国の交戦権は認めない
と定めた第二章にある。
これまでの日本、否、二本ばかりでなく、独立国であればどんな国で
あっても、未だかつて夢想したこともなかった大胆至極の決定だ。
しかし、記者はこの一条を読んで、痛快極まりなく感じた。
本当に国民が「国家の名誉を賭し、全力を挙げて此等の高遠なる目的
を達成せんことを誓う」ならば、その瞬間、最早日本は敗戦国でも、
四等、五等でもなく、栄誉に輝く世界平和の一等国、以前から日本に
おいて唱えられた真実の神国に転じるであろう。
発表された憲法改正草案に対して、その欠点を挙げれば、言及しなけれ
ばならない条項は少なくない。中でも、国民の権利および義務の章にお
いては、権利の擁護には十全を期した観があるが、義務を掲げることが
非常に少ないことに、記者はたいへん不満を持っている。たとえば
「国民はすべて勤労の権利を有す」とあるが、これに対し「国民はすべ
て勤労の義務を有す」とする条項はない。
昔、専制君主が存在した場合とは異なり、民主主義国では、国家の経営
者は国民自身だ。経営者としての国民の義務の規定に注意が行き届いて
いない憲法は、真に民主的とは言えないであろう。」