逃げるは恥だが楽である

東日本大震災の発災から5年9カ月。福島県大熊町で行方不明に
なっていた女の子の遺骨が発見された。

やっと家族の元に還れたんだね。寂しかったね、今まで。

避難先の長野県から娘の捜索に通い続けたお父さんも報われた
のだろうか。

『我が逃走』(家入一真 平凡社)読了。

中学時代のいじめから引きこもりになり、押し入れのなかでインター
ネットをしていた少年はレンタルサーバーの会社を起業したことから
一躍、IT業界の寵児となった。

『こんな僕でも社長に慣れた』はロングセラーとなり、成功の道まっし
ぐらだったはずの、家入一真氏の「社長後」の転落と再起を記したの
が本書である。

史上最年少でジャスダックに上場を果たして順風満帆だったのに、
飲食業に手を出したのがつまずきのきっかけ。最初の店舗が黒字に
なる前に次々に新しい店舗をオープンさせるって経営者としてどう
なのだろうか。

「ここにこういう店を作ったら素敵」って思い付きだけでやってないか?
店舗が赤字だからって個人資産で穴埋めしたら、いくら財産があっても
追いつくはずもない。

でも本人は至って楽天的だった。経理担当者から何度も危機を警告
されているのに「金ならあるもん。株、売ろうか」で気しなさ過ぎ。もう
読んでいる方がじれったいのよ。

「誰かがどうにかしてくれる」。そんな甘えもあったのだろうけれど、結局
は何もかも失い、失意のどん底。お金のあった時に寄って来た人たちに
は「家入は終わった」とまで言われちゃう。

「しっかりしてよ、社長なんだから」と思うんだが、逃げちゃうのよね辛い
ことからは。ご本人は「居場所が欲しい」って言うのだけれど、居場所を
作ったら作ったで、しばらくするとまた逃走。この繰り返し。

自分のように居場所がなかったり、声を上げられない人、助けを求めて
いる人の為に何かをしたいとの動機はあるんだけれど、それもどこまで
本気なのか分からない。

既存のルールや価値観にとらわれずに自由でいたい。「もっと自由を」っ
て分からないでもないんだけど、みんながみんな、そうやって自由を求め
ていたら社会って成り立たないと思うんだよね。

尾崎豊は「サラリーマンにはなりかたねえ」と歌ったけれど、毎朝満員電車
に揺られて会社に通う人たちだって、たくさんの夢を抱えていたと思うのよ。

画家になりたい、ミュージシャンになりたい、冒険家になりたい、ウルトラマン
になりたい、リカちゃんになりたい、役者になりたい、海賊になりたい、宇宙
飛行士になりたい、等々。

でも、どこかで現実を折り合いをつけて、現在に至っているのだと思うよ。
サラリーマンだって逃げたいことはたくさんあると思う。それでも「今さえ
乗り切れば」と辛い時期を乗り越え乗り越え、日々を過ごしていると思う
のよ。

それに無制限の自由は既に自由ではないと思うんだわ。

だから家入さんはもどかしいの。逃げちゃうんだもの、すぐに。2014年の
都知事選出馬の時だって、立候補を決めるのにTwitterで「1000RT行った
ら立候補」なんてやってたした。何よ、この自主性のなさ。

でもね、憎めない。経営者としてはとことんダメ人間だと思うんだけど、
IT長者ではなくなっても彼の周りには人が集まって来る。自身がいじめ・
引きこもりという辛い時期を過ごしたからか、基本は優しい人なのだと
思った。その優しさが、弱さと紙一重なのじゃないかな。

若かった家入さんも既に30代後半。逃げてばかりはもうそろそろ通用しない
よね。今後、どんな風に変わるんだろうか。

尚、本書は家入氏の自叙伝でもあるのだが、注目なのは家入氏の秘書で
ある「内山さん」。彼女がいなかったら、再起後の家入氏もなかったと思う。
文章からだけでも素敵な女性だと感じた。