再び生きる為の壮絶な記録

『クラッシュ 絶望を希望に変える瞬間(とき)』(太田哲也
幻冬舎文庫)読了。

三度熱傷、範囲60%。皮膚全層が壊死し、二度と再生が出来
ない重度のやけどだ。皮膚だけではない。生命そのものが
脅かされる重症。

1998年5月3日。全日本GT選手権第2戦の開催地、富士スピード
ウェイは豪雨に見舞われていた。しかし、レースは決行された。

ペースカーの先導で45台のraceカーが周回を始める。降り続く
雨はまるでカーテンのよう。そして起こった追突事故。コース
アウトして停止したポルシェに、前方の異変を感じて進路変更
をしたフェラーリが突っ込んだ。

スタート直後だ。マシンにはガソリンが満載されている。
ポルシェ、フェラーリ、それぞれのガソリンが噴出し、爆発。
ガソリンをもろに浴びたフェラーリは恐ろしいほどの炎に
包まれ燃え上がった。

このフェラーリのドライバーが著者である太田氏である。事故
当事者自らが筆を執った再生の物語は、それだけに心情に迫る
ものがある。

この人の強さはなんだ。痛く、辛い熱傷の治療。顔の再生手術、
リハビリ。きれい事だけではなく、その時々の感情を正直に
曝け出している。

時に自分の身に起こったことの重大さに気づかず、時に思うように
ならない現実に苛立ち、時に生きることを諦めもする。

しかし、ゆっくりゆっくりとではあるが自らを焼いた炎よりも
強い意志で現実を受け入れ、再度生きようと思い決める。

太田氏本人の努力も凄まじいが、この太田氏を支えた奥様が
また素晴らしい。小さなお子さんをふたり抱えて周囲の助け
はあったものの、看病に為に病院に詰め、太田氏の苛立ちの
はけ口になりながらも、「哲ちゃんならできるよ」と励まし
続ける。

奥様もそうだが、レース仲間や自動車雑誌の編集者等、太田氏
を取り巻く人たちがみな温かい。それは元来、太田氏が持って
いた人間的魅力に惹きつけられていたからなのだろう。

復帰は絶望的と言われた大事故から2年6か月後。「日本一の
フェラーリ遣い」との異名をとったレーサーは、再びサーキット
にいた。

本書は映画化もされたようだ。そして書籍でも続編が出ている。
「その後」の太田氏のことも知りたくなった。

尚、事故発生後、真っ先に消火にあたったのはオフィシャルでは
なく、レースに参加していたドライバー山路慎一だった。昨年、
亡くなったんだよね。ご冥福を祈る。