私生活の見えない作家の私生活

『246』(沢木耕太郎 新潮文庫)読了。

1986年、著者の沢木耕太郎は『深夜特急』の単行本化の作業に
入っていた。この年の9月10日までの日々を、日記風に綴った
エッセイが本書だ。

と書くと「『深夜特急』ができるまで」の裏話っぽいが決して
そうではない。

深夜特急』に言及している部分はもちろんあるが、30代だった
沢木氏が何を感じ、何を思い、「書く」ことに向き合っていたの
か、調査をしながらも書くに至らなかったこと、作品の中で
削られた部分等々、作家の日常が詰まっている。

特筆すべきは愛娘・リーちゃんに関する記述だ。私は沢木氏に
対して「私生活の見えない作家」と思っていたのだが、本書で
はその謎だった私生活の一部が垣間見られる。

2歳半だったリーちゃんが、本書の中で3歳を迎え、父である
沢木氏を「おとーしゃん」と呼んでいたのが、いつの間にか
「おとーさん」になっている。成長と共に語彙の増えて行く
リーちゃんのことを読んでいると、無意識にニコニコして
しまうのだ。

そして、出て来る本田靖春竹中労、近藤紘一などの名前。
元々沢木氏のファンでもあるけれど、このお三方の名前が
登場するする場面では俄然関心が湧き上がる。

近藤紘一こそこの年の初めに亡くなっているが、本田靖春
竹中労についてはまだ存命だったんだなぁと思うと感慨深い。

このエッセイが書かれた当時、沢木氏は世田谷区弦巻に住み、
三軒茶屋に仕事場を持っていた。タイトルの『246』は、その
世田谷区を走る国道246号線のこと。

筆が進まぬ時、沢木氏は仕事場の窓から外の風景を眺める。
この風景の描写がとても美しい。

読み終わるのが惜しいエッセイだったが、思いのほか早く読み
終えてしまった。そうして気付いた。ニュージャーナリズムの
旗手ももう70歳なんだね。

私の中では沢木氏の年齢は40代くらいで止まっているようだ。