想像を絶する極限状態に置かれて

『人質460日 なぜ生きることを諦めなかったのか』(アマンダ・
リンドハウト/サラ・コーベット 亜紀書房)読了。

恵まれなかった子供時代、憧れたのはリサイクル・ショップの
片隅に積まれた『ナショナルジオグラフィック』に掲載されて
いたまだ見ぬ世界だった。

クラブのウェイトレスとして働く日々。客からもらうチップを
貯めて、アマンダは初めて生まれ故郷のカナダを離れ、他の
世界を見に行く旅に出る。

これが病みつきになった。ウェイトレスの仕事をしながらお金を
貯めて、バックパッカーとして世界を回る。そんな生活を繰り返
すアマンダに転機が訪れたのはエチオピアでの出会いだった。

後にソマリアで共に人質となることになるオーストラリア人カメラ
マンのナイジェルとの邂逅が、アマンダをジャーナリズムの世界に
誘う。

惹きつけられたのはCBS「イブニング・ニュース」のアンカー・
マンだったダン・ラザーのサクセス・ストーリーだ。

レポーターの誰もが避難した大型ハリケーンの襲来。しかし、若き日の
ダン・ラザーはハリケーンの真っただ中に留まり、レポートを続けた
ことが彼の名声を高めた。

アマンダが「自分にとってのハリケーン」としたのは、危険過ぎて
ジャーナリストがほとんど入っていないソマリアだった。そこでの
レポートをものにすれば、フリーランスのジャーナリストとしての
今後の仕事の目途も立つだろうし、金銭も得られる。

だが、事は思った通りには運ばない。ソマリア滞在3日目にして、
国内難民キャンプの取材に赴く途中、案内役・運転手、そして
一緒に取材に同行していたナイジェルと共に武装勢力に拉致され、
1年半にも及ぶ監禁生活を強いられることになる。

本書では子供の頃の暮らしからバックパッカーとして世界を回る
ことに魅せられたこと、ソマリアでの誘拐・監禁の状況が詳細に
語られている。

犯人たちに迎合するようなムスリムへの改宗、彼女たちを監視
する少年兵たちとの会話、戦況によって次々と変わる監禁先、
彼女に向けられるむき出しの暴力(性的暴行を含む)、そして
極限の監禁生活からの逃走と失敗。

ソマリアでの一連の出来事を「自己責任」と断罪するのは簡単
であろう。誰もレポートしていないソマリアの現状を取材する
ことで、フリージャーナリストとしての仕事を軌道に乗せよう
とした動機も「軽率」と非難されることかもしれない。

だからといって、アマンダや一緒に誘拐されたナイジェルが
人間の尊厳を踏みにじられていいはずはない。

身代金ビジネスが横行する世界こそが避難されるべきであって、
被害者が更なる非難に晒されるなんてあってはいけないのだ。

本書は口述筆記だと言う。想像を絶する体験を、改めて語ること
で生じる追体験も相当に辛かっただろうと感じる。それでも自身
の体験を世に送り出し、解放後はPTSDと闘いながらソマリアなど
の女性の教育支援の為のNGOを立ち上げて活動している。

「リアル北斗の拳」とも呼ばれるソマリアに、否、ソマリアだけで
はなく世界の紛争地に平定が訪れることを願ってやまない。アマンダ
たちを監視していた少年兵たちだって、故郷が平和時なら人質ビジネス
に手を染めることもなかったのだろうから。