一定の立場からの記録
「在日米軍はロシアに敵対的ではない」
「え〜、そうなの。なら良かった」って閣下が納得するか?
しないだろう。
とことん馬鹿なんだな。
『記録・天皇の死』(栗原彬/杉山光信/吉見俊哉:編 筑摩書房)
読了。
タイトル買いをして見事に失敗した。
昭和生まれである。だから、1989年1月7日の昭和天皇崩御には
それなりの衝撃があった。前年9月の大量吐血から確実に迎える
であろう「Xデー」に向かって、過度な自粛が日本列島を重苦し
い空気に覆われ、その反面、静かなる熱狂があった。
生涯の半ばまで現人神とされた昭和天皇に対しては様々な意見が
あるのは分かる。昭和天皇の戦争責任を云々することもタブー
ではないと思うし、天皇制反対の立場だっていいと思う。
だが、本書のように明らかな反天皇制のスタンスを取りながら
それを「記録」としてしまっていいのだろうか。
崩御を知り、記帳の為に皇居前広場に足を運んだ人たちに聞き取り
調査をた結果が記載されている章では、サンプル数も不明なら質問
内容の詳細もない。
聞き取りをした内容を、ああでもない、こうでもないとこねくり回し
て「〇〇なのだろう」と推測することが記録になるのか疑問。
回答した人の中に68歳の女性がいる。この女性は小学校2年生の
12月8日に宣戦布告のラジオ放送を聞いたと言う。
この宣戦布告は昭和16年12月8日のことだと思うのだが、昭和は64年
で終わっているので年齢的におかしくないか?あ、そこは突っ込みど
ころじゃないか。
「国内の風景」と題された章での座談会では最初こそ出席者それぞれ
が崩御の日をどのように感じたのかを語っている。しかし、途中から
沖縄人vs大和人に話がすり替わっている。
昭和天皇を批判的に取り上げた海外報道を集めた章はそれなりに貴重
だと思う。本書で参考に出来るのはこの部分のみか。
根底に昭和天皇に対しての否定的な見方が貫かれているので「記録」
と題するのはどうかと思う。
崩御以降の街の風景の観測にしても、日本全国を網羅しているのでは
ないしね。
難しいな、本の選定は。