アメリカン・ドリームは見果てぬ夢になった

ヒルビリー・エレジー アメリカの繁栄から取り残された白人たち』
(J.D.ヴァンス 光文社)読了。

無名の31歳の弁護士が綴った自叙伝がアメリカで大きな反響を
呼んだのは2016年。イェール大学ロースクール出身の白人男性。

成功者であるとも言えるだろう。しかし、彼の出身はトランプ
大統領の強固な支持層とされる白人労働者階級だ。自身の家族
史を詳らかにし、育った環境を包み隠さず綴っている。

アメリカの生まれの白人でも、黒人や南米からの移民と同じように
苦境の中に生活する人たちがいる。

アメリカの製造業が繁栄を謳歌した時代、安定した雇用を求めて南部
から北部へ移住した白人は多くいた。誰もがアメリカン・ドリームを
求めて、その夢を果たせた時代もあった。

だが、繁栄は永遠ではない。製造業はより人件費の安い海外に転出
し、労働者は置き去りにされる。引っ越し費用にさえ事欠く人たちは、
その場所で生きて行くしか選択肢がない。

罵詈雑言と暴力が、普段の生活のすぐ隣にあるだけではなく、家族
への愛を口にしながらも家族間では絶え間のない軋轢が起きる。

著者が育って来た環境には驚くばかりだ。生まれた時、母は既に
実父と別離しただけではなく、次々と父親候補を連れて来る。その
母に殺されかけたことさえある。そして、母は看護師の資格を持ち
ながらも薬物依存に陥る。

映画のストーリーかと思うような現実が、世界唯一の強大国アメリ
の片隅に、確実に存在しているのだ。

しかし、著者には逃げ道があった。母親代わりに著者を守ってくれた
5歳年上の姉の存在と、母方の祖父母だ。祖父母も強烈な個性の持ち主
であるのだが、この3人が身近にいたことと、高校卒業後の海兵隊への
入隊が貧困の系譜を断ち切ることとなった。

「おまえはなんだってできるんだ。ついてないって思い込んで諦めて
るクソどもみたいになるんじゃないよ」

祖母はくり返し著者に言ったと言う。生まれ育った環境を、自分では
どうすることも出来ないと思い込み、多くの可能性を封じ込めていや
しないかと思う。

それは本書に描かれている白人労働者階級だけではないだろう。私自身
もそうだし、日本での貧困層もそうかもしれない。一方で、自分の力だけ
でどうにかするにはやはり限界はあるのだろうとも感じる。

アメリカン・ドリームが本当に夢になってしまったアメリカ。それは
近い将来、日本でも確実に起きるはずだ。いや、既に起きているのか
もしれない。