歴史家は名探偵であらねばならない

「是非あなたの声を聞かせてください」。自民党のテレビCMで
安倍晋三が言ってるんだけどさ。聞かせたら「こんな人たち」って
言うでしょ。

二階さんなんて「黙っておれ」って言うし、選挙区で有権者と握手し
た昭恵さんは「森友・加計問題、ちゃんとやらないと」と言われたら
「分かりました、はい」と言ってスタコラ逃げてたでしょう。

どうしたら聞いてくれるんだろうか。う〜ん…。

『ショコラ 歴史から消し去られたある黒人芸人の数奇な生涯』
(ジェラール・ノワリエル 集英社インターナショナル)読了。

名はラファエル、姓はない。スペイン統治下のキューバハバナ
で生まれ育ち、スペイン人商人に使用人として買われてヨーロッパ
へ渡った少年は、時を経て19世紀末のパリで人気の道化師となった。

その肌の色から付けられた芸名は「ショコラ」。そう、ラファエル
の元の身分は黒人奴隷だった。

歴史学者である著者は、若者が差別を巡る問題に関心が持てるような
演劇作品を作ろうとした過程で1冊の子供向け絵本と出会う。

『フティットとショコラの回想録』。この本と出合ったことが、
著者がラファエルの足跡を追う長い長い旅の始まりとなった。

ラファエルが生まれたキューバへ、その後に使用人として買われて
行ったスペインの村へ足を運んだのは勿論、ラファエルが活躍した
時代のサーカスの出し物の批評が掲載された新聞や雑誌、挿絵、
ポスター、絵葉書、病院の記録等々。

ありとあらゆる史料を渉猟し、歴史に埋もれてしまったラファエルの
人生を蘇らせている。

同時代のアメリカほどではないが、やはりパリにも黒人に対する偏見
はあり、差別もあった。著者は古い時代の史料にあたりながら、その
時代の差別的な表現に怒りを表し、ラファエルが演じたサーカスの出し
物の内容を解説する場面のみ「ショコラ」の名前を記載しているが、
それ以外では一貫してラファエルと表記しているところに好感が持てる。

つぎはぎだらけの史料から、よくぞここまで一人の人間の足跡を追えた
ものだと思う。本書では史料に基づいた推測部分もあるが、それさえも
著者があくまでも推測であると断っている。

きっと最初はエキゾチックな見世物として登場したであろうショコラ。
だが、彼には道化師としての天性の才能があった。イギリス人道化師
であるフティットとのデュオは人気を博し、またたくまにパリで人気
者となったショコラ。

しかし、人間としてのラファエルは奴隷であったことから生涯を閉じる
まで国籍を持つこともなく、彼を支えた女性と正式に夫婦になることも
なく20世紀初頭にこの世を去り、人々に笑いを提供した道化師の記憶は
いつしか忘れされて行った。

これぞ、歴史家の仕事だろうと思う。切れ切れの史料から過去を再現
する為には、名探偵にならねばならないのだ。

ラファエルの人生も興味深かったが、著者がラファエルの人生を肉付け
していく過程が非常に面白かった。