密使が背負った重すぎる責任

「夕食後の余興代わりだった。大統領に何ら費用は生じなかった」

先月、突然行われたアメリカ軍によるシリア爆撃に対して、アメリ
のロス商務長官の発言である。

余興で民間人を殺しているのか。日本への空襲や原爆投下も余興
だったのか?

ちなみに巡航ミサイル59発分の費用は日本円に換算して約90億円
らしいけどね。

『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス──核密約の真実 〈新装版〉』(若泉敬
 文藝春秋)読了。

「核抜き・本土並み」との公約を掲げ、時の首相・佐藤栄作アメリカ・
ニクソン政権と交渉に入る。しかし、ヴェトナム戦争が激化するなかで
アメリカはどうしても沖縄をアジアへの要石として自由に使用したいと
の思惑があった。

当然、表の交渉を担うのは外務省である。そしてもう一つ、水面下での
日米交渉のチャネルがあった。それを任されたのが政治学者であった
本書の著者、若泉敬である。

圧倒される作品である。2段組み600ページ超という物理的な面だけで
はなく、核密約までに至る交渉の過程の緻密な描写にもだ。

「沖縄の祖国復帰が実現しない限り、日本の戦後は終わったとは言え
ない」。佐藤栄作の強い思いを実現しようと、アメリカ側の思惑を探る
為とは言え、一民間人がハルペリンやキッシンジャーといった面々と
の腹の探り合いをするのだものな。

沖縄返還交渉はアメリカ側にいいように利用されたのではないかと
思う。アメリカにとって施政権がどちらにあるかは必ずしも問題では
なかった。基地さえ思い通りに試用できればいいのだから。

だから、「核抜き・本土並み」の「核抜き」に難癖をつける。ニクソン
アメリカ国内で繊維産業の保護を公約としたことに絡めて、繊維問題
を持ち出して来るんだもの。

「有事の際の核の持ち込みやむなし」。ベストとは言えないが、ベター
な着地点がここだったのかと思う。

日本政府は、否、長らく続いた自民党政権は密約の存在を否定し続け
てきたが、機密解除になりアメリカ公文書館で公開されている文書から
は密約が存在したことが明らかになっているし、2009年にはそれまで
存在しないと言われていた核持ち込みと繊維問題について作成した
日米秘密合意議事録が佐藤栄作宅で発見されている。

黒子に徹した若泉敬はその後、研究生活に戻り、政治の世界からは
離れて行った。それでも本書を執筆したのは「歴史への責任感」から
だったのだろう。

その責任はあまりにも重かったのではないか。本書の英語版が発行
された後、若泉は自死している。なので、本書は佐藤栄作の密使の
遺書なのかもしれない。

すべての交渉過程を白日に下に晒し、黒子は去った。核密約の現実
をどう受け止め、沖縄の問題を解決するのか。今を生きる人々に残さ
れた課題ではないだろうか。