政府の有事の国民向けマニュアルを嗤う

内閣官房国民保護ポータルサイトで「有事の国民向けマニュアル」が
掲載されてりるのだが、これを考えた人は本当にこれで国民が危機
から身を守れると思っているのだろうか。

核兵器のような大型爆弾が投下された場合は閃光や火球を直視すると
失明するおそれがあるって何?核爆弾だったら閃光の時点で人間消滅
なんだけど。

これが唯一の被爆国のマニュアルかよ。ふざけてるのか?突っ込みどころ
満載のサイトに興味のある方は以下のURLを。

http://www.kokuminhogo.go.jp/shiryou/hogo_manual.html

あんまり酷いので、桐生悠々の「関東防空大演習を嗤う」を思い出した
ので、以下に全文を貼っておく。

「防空演習は、曾て大阪に於ても、行われたことがあるけれども、一昨
九日から行われつつある関東防空大演習は、その名の如く、東京付近
一帯に亘る関東の空に於て行われ、これに参加した航空機の数も、非
常に多く、実に大規模のものであった。そしてこの演習は、AKを通して、
全国に放送されたから、東京市民は固よりのこと、国民は挙げて、若し
もこれが実戦であったならば、その損害の甚大にして、しかもその惨状
の言語に絶したことを、予想し、痛感したであろう。というよりも、こうし
た実戦が、将来決してあってはならないこと、またあらしめてはならない
ことを痛感したであろう。と同時に、私たちは、将来かかる実戦のあり得
ないこと、従ってかかる架空的なる演習を行っても、実際には、さほど
役立たないだろうことを想像するものである。

 将来若し敵機を、帝都の空に迎えて、撃つようなことがあったならば、
それこそ人心阻喪の結果、我は或は、敵に対して和を求むるべく余儀なく
されないだろうか。何ぜなら、此時に当り我機の総動員によって、敵機を
迎え撃っても、一切の敵機を射落すこと能わず、その中の二、三のものは、
自然に、我機の攻撃を免れて、帝都の上空に来り、爆弾を投下するだろう
からである。そしてこの討ち漏らされた敵機の爆弾投下こそは、木造家屋
の多い東京市をして、一挙に、焼土たらしめるだろうからである。如何に
冷静なれ、沈着なれと言い聞かせても、また平生如何に訓練されていても、
まさかの時には、恐怖の本能は如何ともすること能わず、逃げ惑う市民の
狼狽目に見るが如く、投下された爆弾が火災を起す以外に、各所に火を
失し、そこに阿鼻叫喚の一大修羅場を演じ、関東地方大震災当時と同様の
惨状を呈するだろうとも、想像されるからである。しかも、こうした空撃は
幾たびも繰返えされる可能性がある。

 だから、敵機を関東の空に、帝都の空に、迎え撃つということは、我軍の
敗北そのものである。この危険以前に於て、我機は、途中これを迎え撃って、
これを射落すか、またはこれを撃退しなければならない。戦時通信の、そし
て無電の、しかく発達したる今日、敵機の襲来は、早くも我軍の探知し得る
ところだろう。これを探知し得れば、その機を逸せず、我機は途中に、或は
日本海岸に、或は太平洋沿岸に、これを迎え撃って、断じて敵を我領土の
上空に出現せしめてはならない。与えられた敵国の機の航路は、既に定まっ
ている。従ってこれに対する防禦も、また既に定められていなければならない。
この場合、たとい幾つかの航路があるにしても、その航路も略予定されている
から、これに対して水を漏らさぬ防禦方法を講じ、敵機をして、断じて我領土
に入らしめてはならない。

 こうした作戦計画の下に行われるべき防空演習でなければ、如何にそれが
大規模のものであり、また如何に屡それが行われても、実戦には、何等の
役にも立たないだろう。帝都の上空に於て、敵機を迎え撃つが如き、
作戦計画は、最初からこれを予定するならば滑稽であり、やむを得ずして、
これを行うならば、勝敗の運命を決すべき最終の戦争を想定するもので
あらねばならない。壮観は壮観なりと雖も、要するにそれは一のパッペット・
ショーに過ぎない。特にそれが夜襲であるならば、消灯しこれに備うるが
如きは、却って、人をして狼狽せしむるのみである。科学の進歩は、これを
滑稽化せねばやまないだろう。何ぜなら、今日の科学は、機の翔空速度と
風向と風速とを計算し、如何なる方向に向って出発すれば、幾時間にして、
如何なる緯度の上空に達し得るかを精知し得るが故に、ロボットがこれを
操縦していても、予定の空点に於て寧ろ精確に爆弾を投下し得るだろうから
である。この場合、徒らに消灯して、却って市民の狼狽を増大するが如きは、
滑稽でなくて何であろう。

 特に、曾ても私たちが、本紙「夢の国」欄に於て紹介したるが如く、近代的
科学の驚異は、赤外線をも戦争に利用しなければやまないだろう。この赤外
線を利用すれば、如何に暗きところに、また如何なるところに隠れていようとも、
明に敵軍隊の所在地を知り得るが故に、これを撃破することは容易であるだ
ろう。こうした観点からも、市民の、市街の消灯は、完全に一の滑稽である。
要するに、航空戦は、ヨーロッパ戦争に於て、ツェペリンのロンドン空撃が示し
た如く、空撃したものの勝であり空撃されたものの敗である。だから、この空撃
に先だって、これを撃退すること、これが防空戦の第一義でなくてはならない。」

引き続き『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス──核密約の真実 〈新装版〉』(若泉敬
 文藝春秋)を読む。

外務省、カヤの外かよ。そりゃ、本書が発行された時も無視するはずだわ。