夢はロンドンの空に砕けた

リオ・オリンピックでのメダルラッシュに続いて、今度は台風ラッシュ。
日本の周辺に台風が3つもある。

今年は台風の発生が遅かったせいなのかね。こんなに次々とやって
来てくれなくていいんですけど〜。

『空から降ってきた男 アフリカ「奴隷社会」の悲劇』(小倉孝保 新潮社)
読了。

ロンドン五輪に引き続いて行われたパラリンピック閉会式の日。ロンドン
郊外の住宅地。通行人からの通報で駆け付けたスコットランド・ヤード
捜査員たちは、路上に倒れている黒人男性を発見する。

周辺住民の話では警察が到着する前に「どすん」という何かが落ちる
ような音が聞こえたと言う。捜査員たちは空を見上げる。上空には
ヒースロー空港へ向かう旅客機がひっきりなしに通過していた。

頭部の激しい損傷、耳に詰められた丸めたティッシュペーパー。警察
は男性が何らかの理由で航空機の主脚格納庫に潜んで密航しよう
として格納庫が開いた際に墜落したとの結論に至った。

持ち物はアンゴラ紙幣2枚とボツワナ硬貨1枚に携帯電話。他に男性の
身元が確認できる持ち物はなかったのだが、携帯電話とは別にポケット
に入っていたSIMカードの通話記録からスイスに住む白人イスラム教徒
の女性と連絡が取れ、遺体の身元が判明する。

路上で亡くなっていたのはモザンピーク出身のジョゼ・マタダ。彼の身元
を確認した女性はジェシカ・ハント。本書はこのジェシカへのインタビュー
が大半を占めている。

以前のジェシカの結婚相手はカメルーンの大富豪一族の一員。その家で
使用人として働いていたのがマタダだ。

当初は平穏な結婚生活ではあったが、夫の家族から財産目当てだと疑わ
れ、使用人から監視される生活のなかで孤独感を募らせたジェシカが心の
安らぎを求めたのが物静かな青年であったマタダだ。

これがマタダがロンドン郊外で墜落死する遠因になる。前夫の支配から
逃れる為のふたりの逃避行。しかし、離婚も成立しておらず職もない
白人女性と貧しい黒人青年との放浪は時を置かずに破たんする。

ジェシカは母の助けを借りてヨーロッパに戻る。必ずマタダを呼び寄せる
との約束をして。

私はこのジェシカの気持ちがまったく分からない。抑圧された結婚生活
のなかでマタダに救いを求め、手を取り合って逃げ、マタダがヨーロッパ
に渡れるようにすると約束までしたのに、前夫との離婚成立後に別の
男性と結婚している。

「弟に注ぐような愛情」だとジェシカは言う。だが、マタダにしたらどうだった
のだろう。ジェシカとの結婚を夢見ていたのではないだろうか。

本書はサブ・タイトルに「奴隷社会」との言葉が入っている。アフリカのなか
でも、同じ黒人の社会の中でも貧富の差は明確だ。モザンピークは国全体
が貧しい。だから、マタダは故郷を離れ出稼ぎに行っていた。

出稼ぎ先で豊かな暮らしに触れた。貧困からの脱出を夢見たこともある
のだろう。その夢を実現できるかもしれないとの希望をマタダに与えた
のもまた、ジェシカではなかったか。

だから、少しでもジェシカへの近くへと危険を冒して旅客機での密航を
決行したのではないだろうか。気温は氷点下に下がり、酸素の薄くなる
主脚格納庫に身を潜め、マタダは何を思ったのだろうか。切ないわ。

著者はマタダの故郷であるモザンピークの村を訪ね、思ってもみなかった
貧困の現実に直面している。これは私にも衝撃だった。マタダの死によって
残された家族・親戚も辛い現実に直面していた。

昨今の移民問題の影も部分も理解出来る良書。著者がマタダを描く時の
優しさが余計に悲しみを感じさせる。

それにしてもジェシカなんだ。彼女へのインタビュー部分を何度か読み返し
たけれど、結局は自分のことしか考えていないんじゃないか?と言ったら
酷だろうか。