他の追随を許さない「間違える力

ゴールデンウイーク前の忙しさはなんだったんだ?と思うくらい、
派遣先の仕事が暇である。

確かに4月・5月・6月は毎年暇ではあるんだが、1日の受電件数が
200もないって暇すぎだ。

忙しい時と暇な時の落差が凄いわ。1年を通じて平均した受電が
いいなぁ。繁忙期は連日300件超えなのだもの。

きっと明日も暇なんだろうなぁ。ふあぁぁ〜。

『世にも奇妙なマラソン大会』(高野秀行 集英社文庫)読了。

なんの自慢にもならないが、時間に余裕があっても間際にならない
と動き出さないタイプの人間である。まだ真面目に編集者家業をし
ていた頃、締め切りギリギリにならなければ原稿が書けなかった。

明日には先方に渡さないといけないという日の真夜中。ウンウンと
唸りながら資料とにらっめこをしていると、ひらめく一瞬がある。

そこで怒涛の原稿書きに突入する。うんっ、私って天才じゃないか。
これでいいだろう。さぁ、ひと眠り。

起きて自分の書いたものを読み直して愕然とする。腐っているでは
ないか。なんでこんな酷い文章であんなに満足していたのだろう。
あーーーっ、自分のバカバカ〜。

このように夜中に何かを閃くと碌なことがない。本書の著者である
辺境作家・高野秀行氏も実は私とご同類だった。ただし、こちらは
ワールドワイドである。

「深夜というのは、人間がろくでもないことに燃え上がる危険な時間
帯である。」

ほろ酔い加減で何か面白いことはないかとインターネットを彷徨って
いた著者が目にしたのは「サハラマラソン」。ランナーが衣食住の
すべてを背負って7日間を掛けて走破するメジャーな方のマラソン
ではなく、モロッコと領有地争いをしている西サハラの難民キャンプ
で行われる、西サハラ支援の為のマラソン大会である。

そしてやってしまうのだ。膨らむ妄想から情熱は暴走し、著者は参加
申請をぽちっとクリックしてしまう。

その顛末を描いたのが本書のタイトルにもなっている「世にも奇妙な
ラソン大会」だ。

実に奇妙なマラソン大会ではあるのだが、もっと奇妙なのは夜中の
出来心で参加申請して、翌日には後悔しているのにマラソンに参加
する為に本当に西サハラまで行ってしまう著者である。

キャンセルすればいいだけじゃんと思うのだが、そこは辺境作家だ。
人が行かないところへ行って、人が体験しないことを体験して来る。
これまでの高野氏の作品もそうなんだよね。

「今ならまだ引き返せる」ってところはいくつもあるにに、一度間違えた
ら立ち止まりも修正もせずに、そのまま突っ走る。だから、この人の書く
作品は面白いんだけどね。

最長でも15kmのジョギングしたことがない人間の初マラソンなのであ
る。それも砂漠で。もうこれだけで間違ってるんだよね。それなのに
完走してしてしまうのだから凄い。

作家・船戸与一氏の取材旅行に同行した珍道中『ミャンマーの柳生
一族』でもそうだったのだけれど、おかしさの中に西サハラの置かれ
た環境や、旧宗主国スペインの人々が西サハラの難民を支援する
様子なども伝えてくれる。

他にもブルガリアへ向かうバスの中で出会ったおじさんに口説かれ
たり、2度の強制送還処分を受けたインドへ入国する為に改名作戦を
敢行しようとしたり、インドで出会った謎のペルシア商人の話など、
どうしてここまでおかしなことに巻き込まれるのかと思うほどの作品が
収録されている。

実は好きなんだよね、高野氏の作品。「おかしくてためになる」んだな。
そして、「こんな旅もいいかも」と読んでいる最中は思う。だが、読み
終わって冷静になると、「間違った力」を全力で発揮出来るのは、
この人の専売特許だわと思う。

本当は立て続けに高野氏の作品を読みたいんだけれど、中毒性が
強そうなので積んだままにしている本の山から時々引っ張り出して
読むのがいいのかも。