見知らぬ人の生きた証

「西ドイツ最強の宰相」と言われた旧西ドイツのシュミット元首相が
今月10日に亡くなった。96歳。

テロには毅然と対応し、サミットの創設を提唱し、EUの誕生に尽力
した政治家だった。ご冥福を祈る。合掌。

『痕跡本の世界 古本に残された不思議な何か』(古沢和宏 ちくま
文庫)読了。

古本には前の持ち主の痕跡が残されていることがある。気になった
箇所への線引きだったり、メモや手紙が挟み込まれていたり、蔵書
印が押されていたり。

我が家にもそんな本が何冊かある。栞代わりにしたのか、遠く北海道
の新刊書店のレシートが挟まったままの本がある。「あなたは私か」
と思うくらい、線引きされた文章に共感した本がある。誤字・脱字に
訂正を入れた、まるで校正刷りのような本がある。

そんな痕跡本のコレクションを紹介しているのが本書だ。著者は
愛知県にある古本屋店主。古本屋という商売柄、さまざまな痕跡
本が集まるのだろうし、著者が友人・知人から譲られた痕跡本も
ある。

線引き本なんて当たり前。全10巻の『アンデルセン童話』には
ラブレターと思しき手紙が挟み込まれ、クイズの本には全問に
解党が書き込まれ、メモ代わりに使われた本には電話番号が
書き込まれている。

本に残された痕跡から背景に何があったのかを著者は妄想する。
妄想は私の大好きだが、「ここまで書いちゃったら本書の読み手が
妄想できないじゃん」と感じるくらいにやり過ぎの部分があるのが
玉に瑕かな。

学術書など一部の本を除けば書き込みのある本って古本屋の
商売としては厄介者だと思うんだよね。それを楽しんでしまう著者の
遊び心というか妄想力には共感する。

本書に紹介されている痕跡本の中でも謎でありちょっと怖いのは
一部がホチキスで閉じられている痕跡本だ。そこまでして数ページ
を封印したかった、どんな強い思いがあったんだろうか。

著者の妄想の行き過ぎは気になるものの、見知らぬ人の痕跡を
想像する楽しみも古本にはあるんだなと感じた。

だからって、わざわざ痕跡本を探して購入しようとは思わないけれど。
だって、メモ書きや線引きがあまりいも多いとそちが気になって本文
に集中できないのだもの。

尚、私が所持している痕跡本で一番困ったのは、とある推理小説
登場人物紹介のページで犯人と思しき人物の名前に何重もの丸印
がついているのだ。購入して数年経つが未だ読む気力が湧かない。

おまけ。本書の文章の中で線引き本の線を「アンダーライン」って
書いているんだ。でも、一部を除いて日本の書籍は右開き・縦書き。
「傍線」って書いて欲しかったな。「アンダーライン」と書かれている
箇所に来ると、縦書きの文章の言葉ひとつひとつの下に線が引いて
あるのを想像してしまった。