私たちは、あなたの行いを決して忘れない

早速混乱しているな、マイナンバー。書留の誤配達があったり、希望し
てないのに住民票に記載しちゃったり。詐欺まで現れたものなぁ。

このマイナンバーのニュース、NHKでは「これまでばらばらだった情報
が一元化されて便利になります」みたいな報道をしていた。

政府広報かよ。だから「安倍チャンネル」なんて言われるんだ。

『戦火のマエストロ 近衛秀麿』(菅野冬樹 NHK出版)読了。

NHK交響楽団の礎を作った人。戦犯容疑者として巣鴨へ出頭する前夜、
兄である近衛文麿と最後まで話し込み、その死を最初に発見した人。
戦後は演奏家やオーケストラの育成に努めた音楽家

兄・近衛文麿に比べ、弟・秀麿に関してはこの程度の認識しかなかった。
戦後の実績にはもれなくゴタゴタがついて回ったひとだから、お貴族様と
して気位が高かったのかな…なんて思っていた。

そんな私の秀麿に対する認識を変えたのが、NKH-BS1で放送された
本書と同じタイトルの番組だった。

テレビ番組も良かったが、本書も優れたノンフィクションだ。先の大戦
のほとんどを海外で過ごした秀麿の足跡を丹念に追い、アメリカ国立
公文書館ユダヤ人団体のアーカイブ近衛家に残された文書を
丁寧に調べている。

「私は世界中のオーケストラを指揮しているが、ヨーロッパのどんな
地方都市へ出かけても、『あなたが二人目の日本人だ』と言われて
しまう」。

指揮者・小澤征爾氏の話なのだが、ひとりめの日本人指揮者が近衛
秀麿である。ベルリン・フィルを指揮した初めての日本人。そして、
第二次世界大戦下のヨーロッパ各地で音楽活動を続けていた陰で、
秀麿にはひとつの信念があった。

ユダヤ人弾圧が続くドイツはもとより、ヨーロッパの優れたユダヤ
楽家を救出したい。「命のビザ」の杉原千畝シンドラーのように
多数ではないものの、自身が身を置く音楽の世界で秀麿は出来うる
限りの手段を尽くしてユダヤ系音楽家やその家族の亡命を手助け
していた。

ただし、ユダヤ人世界では国外脱出については関係者の名を明かさ
ぬことが暗黙の了解となっていた為に、秀麿に救われた人々も多くを
語りのここしてはいない。

そうだよな。杉原千畝の「命のビザ」だって、注目されるようになったの
は戦後大分経ってからだものな。

著者が秀麿の足跡を追うなかで発見した「コンセール・コノエ」。秀麿
が戦時下で結成したオーケストラは実は音楽家たちの逃亡を助ける
為に結成されたものではないのか。

確たる証拠はないものの、著者が辿って来た秀麿の足跡から推察
するに、著者のこの推測はあたっているのではいだろうかと思う。

ユダヤ系音楽家の救出と共に、秀麿にはもう一つの謎がある。ナチス
ドイツ崩壊後、進駐して来たアメリカ軍に自ら投降し捕虜になっている
ことだ。

「自分だけ助かろうとしたのではないか」との批判もあるようなのだが、
戦争末期、アメリカとの和平を画策していた兄・文麿からの密命を
受けて敢えて捕虜となったのではないか。

この説を裏付ける資料がアメリ国立公文書館に保管されていた
秀麿の取り調べ著書から読み解いている章は圧巻だ。特に、秀麿
の取り調べを担当したアメリカ軍中尉と秀麿との関係が明かされる
部分では感動さえ覚える。

近年、音楽家としての秀麿の実績が見直されているという。ならば、
ナチス・ドイツがヨーロッパで覇権を握ったヨーロッパで、ユダヤ人を
救った秀麿の人道活動にももっと光が当てられてもいいのではない
だろうか。杉原千畝のように。

戦後、秀麿の元にユダヤ系バイオリニストからメッセージが届く。

「私たちは、あなたの行いを決して忘れないでしょう」

沈黙を守りながらも、秀麿が手を差し伸べた人々の胸には感謝の
気持ちがいつまでもあったのだろう。

余談だが、ナチのゲッベルスに睨まれ不当に拘束された時、その
ゲッベルスに食って掛かった秀麿。思い通りにいかないことがあると
「僕は病気だ」と言って自宅や別荘に引きこもっていた兄・文麿より
肝が据わっていたのではないかな。

今年、一押しの国内ノンフィクションになりそうだ。