未だ、戦後は終わらず

「ほら、なんだっけ。あれ」

どれよ?電話の相手は小学校の同級生。つかづ離れず、今でも付き合い
が続いている。

「えっと…。あっ!♪ぶた〜のマークの参考書♪ってCMがあったじゃん」

節子、それブタちゃう。ウマや。「馬のマークの参考書」の受験研究社だよ。
あぁ…脱力。

『遺骨 戦没者三一〇万人の戦後史』(栗原俊雄 岩波新書)読了。

『ガマ 遺品たちが物語る沖縄戦』は沖縄の地下壕・ガマから掘り出され
た遺品から、沖縄戦の凄惨さを描いたモデル小説だった。

原爆が落とされた広島には、身元不明は勿論のこと、氏名が分かって
いても引き取り手のない遺骨が原爆供養塔の地下に眠っている。それ
をつまびらかに描いたのが『原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年』だ。

この2作を読んだ上で、本書を読んだ。こちらは国内・国外に眠る戦没者
の遺骨全般についてを追っている。

海外の戦地で亡くなった兵士が、白木の箱で帰京した時、そこには遺骨
ではなく石が入っていたという話は何かで読んだ。

遺骨となって家族の下に還れた兵士はまだよかったのだろう。しかし、
多くの兵士の遺体は現地に放置され、土に埋もれた。

戦後、大規模な遺骨収容作業が行われたが、いかんせん、遅すぎた。
日本が敗戦国だったこともあるのだろうが、もう少し早くに手を付ける
ことは出来なかったのだろうか。

兵士だけではない。東京大空襲で犠牲になった多くの市民、敗戦により
大陸や朝鮮半島に置き去りにされ自力で帰国しようとしながらも果たせず
に亡くなった人々。

家族の下へ還れぬ遺骨があまりにも多過ぎる。

今年は戦後70年。これまでも毎年の終戦記念日には「戦後○年」との
言葉が繰り返されて来た。だが、何年、何十年経とうとも、本来戻るべき
場所へ戻れない遺骨は「、それぞれの「あの時」で時が止まっているの
ではなだろうか。

経済白書が「もはや戦後ではない」と書いたのは1956年だ。だが、還れぬ
遺骨がある限り、私たち日本人の戦後は終わっていやしないんだ。

尚、本書ではイギリスとアメリカの戦死者の遺体・遺骨に関する考え方
も記述されており、文化や歴史の違いが死者を弔うことにも表れるの
だなと参考になる。