帰らぬ人を待つ日々

お願いだから〜。人の話に口を挟まないでっ!せっかく面白い話が
続いてたのに、途端につまらなくなるわ。

なんでそんなに噛みつくような話し方なの?それだけでカチンと来る
のだけれどね。

あ〜あ。せっかく受電が落ち着いて多少の無駄話が出来るようになった
のに、話の腰をポッキリ折られちゃったよ。

『3.11行方不明 その後を生きる家族たち』(石村博子 角川書店)読了。

いつもの家族。いつもの朝。いつも通りに職場へ、学校へ出かけた。
夜には再び、同じ家で顔を合わせるはずだった。それなのに…。

2011年3月11日に発生した東日本大震災と、それに伴う巨大津波
住み慣れた街の風景を一変させ、多くの人命を奪った。

亡くなった人の多さもそうだが、特筆すべきは行方不明者の人数の
多さだ。もし、地震だけであったのなら人的被害は抑えられたのか
もしれない。

大震災と巨大津波の発生から年月を追うごとに、行方不明者の
発見件数は減少する。しかし、行方不明の家族を探し続け、
帰りを待ち続けて人たちがいる。

本書は大震災から2年目に、未だ遺体の一部さえも見つかっていない
家族を待つ人たちに取材したノンフィクションである。

遺体が見つかった人たちにしろ、行方不明者の家族にしろ、その
喪失感は途轍もないものだろうし、家族を失った人の哀しみに
大小はないとも思う。

しかし、弔うべき対象さえ見つからない家族の苦悩はまた別に
存在するのも確かだろう。

NPOやボランティアの力を借りながら捜索を続ける人、葬儀を
あげることで区切りをつける人、「娘は大好きな海へ嫁いだの
だ」と思いを切り替える人。その後を生きる姿は様々だ。

非常に重い切テーマのだが、どうも上っ面を撫でただけのような
読後感なのだ。切り口が悪いのか、感傷的な文章が悪いのか。
言葉の使い方もひっかかるものがあったんだよね。

行方不明者を抱える家族の話の間に、捜索に携わった警察
関係者の話が挟まれているのが中だるみを救っている。

それぞれの想いを綴るのもいいのだけれど、出来れば行方不明
者を抱える人々の精神面の話を専門家に聞いてもよかったので
はないだろうか。なんだかカタログ的にまとまってるんだな。

あの大震災から間もなく3年半になる。行方不明の方たち全員
が、いつか見つかり、家族の元へ帰れる日が来るのだろうか。