壁ではなく架け橋が必要だ

既に本業かどうか危うくなった編集稼業。それでも、長期休暇が
目前になると仕事が立て込む。

ゴールデンウイーク進行という悪魔に取りつかれていました。
やっとひと段落。資料読みばっかりで、自分の読書が進まない
のが哀しい…。

『それでも、私は憎まない あるガザの医師が払った平和への
代償』(イゼルディン・アブエライシュ 亜紀書房)読了。

中東のシナイ半島。東地中海に面する帯状の地域。パレスチナ
ガザ地区。著者はそのガザ地区の難民キャンプで生まれた。

食糧、飲料水、医薬品。何もかもが不足している劣悪な環境の
難民キャンプで、著者は家計を助ける為に幼いころから学校へ
通う傍ら、様々な仕事に就く。

その時、イスラエルのある家での体験が著者にイスラエル人に
対する温かい気持ちを抱かせる。

イスラエルパレスチナ。共に憎しみをぶつけ合い、その連鎖が
止まらない民族間を行き来することで、何かが出来ないか。

著者は医療の道を進むことでふたつの民族間の懸け橋になれ
るのではないかと考える。

並大抵の努力ではない。ガザ地区から出ることさえも多くの
困難が付きまとう。検問所での、単なる嫌がらせとも思える
長い長い待ち時間。治安上、危険な人物であるとの間違った
情報。

それさえも乗り越えて、海外での多くの研修やプロジェクトに
参加し、イスラエルの病院で不妊治療の専門医としての
仕事に従事する。

しかし、悲劇は待ってくれなかった。妻を白血病で失って
3か月後の2009年1月1日。イスラエルによるガザ攻撃の
最中に彼の自宅は砲撃される。

そして、3人の娘が命を落とした。

それでも、彼はイスラエルの人々を憎むことをしない。
「私の娘たちが最後の犠牲者になりますように」と。

憎しみの連鎖を断ち切ることは難しい。だが、それさえも
誰かが、どこかで断たなければ諍いはエスカレートこそ
すれ、止むことはない。

どんな宗教を信仰するか。どんな人種に属するか。それ
以前に、みんなが「人」であるのだけれどね。同じ血の
通った「人」であるのにね。

イスラエル建国から60年以上が経った。その年月は憎しみ
を増大させた年月でもある。共存すること。口でいうほど
簡単ではないのは分かっている。でも、日本から遠く
離れた場所とはいえ、誰かの血が流されることはもう
嫌だね。