私の原点がここにある

『敗れざる者だち』(沢木耕太郎 文春文庫)読了。

私の少ない脳細胞は餓えていた。『「黄金のバンタム」を
破った男』を読んで、欲求不満、消化不良、不完全燃焼
に陥ったからだ。

餓えていた。そう、上質のスポーツ・ノンフィクションに。
なので、探した。既に読んで書棚にあるはずの沢木耕太郎
『一瞬の夏』を。

ないっ。どこを探してもないっ。えーーいっ、こうなったら
中学生の時に初めて読んだ本書だっ!なんていっても私の
スポーツ・ノンフィクション、いや、ノンフィクションの原点が
本書なのだから。

『一瞬の夏』の主役でもある、アメリカ人と日本のハーフであり、
不世出の天才ボクサー、カシアス内藤を描いた「クレイになれ
なかった男」。

スーパー・スター、長嶋茂雄の陰になり消えて行ったふたりの
三塁手を追った「三人の三塁手」。

東京オリンピック男子マラソンで銅メダルに輝き、次のメキシコ
大会の期待の中で壮絶な自死を選んだマラソンランナー、
円谷幸吉の軌跡を綴った「長距離ランナーの遺書」。

日本ダービー優勝の期待をかけられた競走馬、イシノヒカル
とその厩舎の人々のダービーまでの日々を追う「イシノヒカル
おまえは走った!」

首位打者にも輝き、日本プロ野球史上3人目の二千本安打
を達成しながらも、存在さえ忘れ去られようとしているEの
影を追った「さらば、宝石」。

WBA世界ジュニア・ミドル級のリターンマッチに挑む、ボクサー、
輪島功一に密着した「ドランカー<酔いどれ>」。

全6篇の短編集は、そのなかに敗者の哀しみがあり、切なさが
あり、著者である沢木氏のちょっと遠慮しながらの温かいまな
ざしがある。

光には影がある。誰もが勝者になれるわけではない。勝者が
いれば当然のように敗者がいる。ひたむきに努力しながら、
むくわれなかった者がいる。

その愚直さを、純粋さを、戸惑いながら受け止めた沢木氏の
筆は、数十年経った今でも色褪せず、心を揺すぶる。

これだよ、スポーツ・ノンフィクションと言えば。この感動であり、
この切なさだよ。

そして、最終章の輪島功一で唯一の救いがあるのだが、この
章の終わりは冒頭のカシアス内藤へと戻って行くのだ。

あぁ、やっぱり『一瞬の夏』を読み返したい。飢えを癒そうと
思ったら、益々、飢えてしまった。だれか、私の『一瞬の夏』
を知らないか?