凍結した14年が動き出す

『64』(横山秀夫 文芸春秋)読了。

舞台はD県警察。主人公は刑事部から広報官へ移動となった
三上。家庭の問題を抱えた三上は、交通事故加害者の匿名
発表から県警に詰める記者クラブとの関係が悪化する。
そんな時に降ってわいたのが警察庁長官の県警視察だ。

D県警には「ロクヨン」との符丁で呼ばれる事件があった。
わずか1週間で終わった昭和64年に発生した少女誘拐
殺人事件は、犯人を捕えることは出来ず、身代金2千万円
を奪取された。

時効まで1年を迎えたこの事件捜査を激励し、遺族を訪問する
為の長官視察。だが、裏があった。

長官視察の段取りに奔走するなかで、三上は視察の裏で
蠢くもの、ロクヨン当時に隠された事実があるものに突き当たる。

そして、長官視察前日に発生した17歳の少女の誘拐事件。
犯人はロクヨンの手口をなぞっている。何故、こんなことが
起きるのか。

刑事と広報の間で揺れ動く三上の心情、自分も携わったロクヨン
の隠された事実に愕然とし、その証言を掴もうとする三上の動き
が濃密に綴られている。

濃密だが息詰まるというものではない。物語の展開に強力に
引き込まれる。次が気になってなかなか本を閉じることが出来
なかった。お蔭で寝不足である。

14年前の事件が、まるで亡霊のように関係者の前に再現され、
その事件の過程で登場人物のそれぞれが抱えた哀しみが
じわじわと伝わって来る。

終盤に向かって、所々で切なさが湧き上がって来た。特に14年
前に可愛い一人娘を奪われた父親の孤独と哀しみの深さ、執念
が重く迫る。

本庁対県警、刑事部対警務部、警察対マスコミ、キャリア対ノン
キャリア。様々な対立構造の中での個人を描き切っている。
体裁は警察小説だけれど、これは「人情小説」と呼んでも
いいのではないか。久し振りに時間を忘れて読めた小説だった。

尚、登場場面は多くはないが松岡参事官が格好いい〜。
参事官っ、部下にして下さいっ!一生ついて行きますっ。