私の異常な愛情 その14

19年前の今日、9月17日。ひとつの訃報に頭が真っ白になった。
亡くなったのは中川勝彦。ショコタンこと、マルチ・タレント中川
翔子の父上である。

歌手としてデビューしたのは、後に教祖的存在となった尾崎豊
同じ頃。尾崎も歌は聴いていたが、歌詞の青臭さに馴染めなかった。

「してみたい」。なんだか怪しげな曲のタイトルと、その歌声に惹かれ、
ご尊顔を拝して衝撃を受けた。

う…美しいっ!なんで、日本にここまで美しい男がいるのかっ!

ええ、速攻でファン・クラブに入りましたとも。後にも先にも、この人
だけです。私がファン・クラブにまで入った人は。

関東近辺でのライブにはどんなことがあろうとも駆けつけ、テレビ・
ドラマは欠かさず録画。時間が合う限りは出演するラジオまで
聴いていた。

日比谷野外音楽堂で、ライブ告知の看板を盗んで来たことは
内緒である。それも複数回の犯行というのは、もっと秘密だ。

とっても綺麗なのに、人当たり良く、物腰柔らかな美青年だった。
そんなかっちゃんが、まさかいなくなってしまうなんて思わなかった。

病名も亡くなってから知った。急性骨髄性白血病。入院していたのは
知っていたけど、まさか白血病だとは思わなかった。しかも、再発から
わずか1カ月で亡くなったなんて。

ショコタンとお母様の存在も隠されていた。ショコタン本人がかっちゃん
の娘であると公表するまで。

かっちゃんファンの間では反発が大きかった。みんな、独身のままで
亡くなったと思っていたから。

でも、かっちゃんはこの世に生きた証を残していったんだなと思った。
現在、テレビはあまり観ない私だが、ショコタンが画面に映っている
といつの間にかにっこりしている。ショコタン本人は不本意だろうが、
かっちゃんの面影をそこに見ている。

享年32。美人薄命を地で行ったかっちゃんの、今日は命日。さぁ、
CDでも聴くかねぇ。

治安維持法 なぜ政党政治は「悪法」を生んだか』(中澤俊輔
 中公新書)を読み始める。

何故、治安維持法は悪法となったのか。成立過程からその終焉
までを追う。