母と息子のブック・クラブ

その言葉が聞こえて来た時、体が硬直した。まるでメデューサ
見てしまった時のように(見たことないけど)。

焼身自殺って、格好いい」

格好いいもんか。全身火だるまだぞ。気管にまで炎が入り込んで、
内側からも焼け爛れちゃうんだぞ。

焼身自殺に限らず、自ら命を絶つことは格好いいことではありませんっ!

『さよならまでの読書会 本を愛した母が残した「最後の言葉」』
(ウィル・シュワルビ 早川書房)読了。

愛する人の人生の終わりが近付いていると分かったら、残される者は
何が出来るのだろうか。

著者の母は73歳で末期の膵臓癌と宣告された。治癒は望めない。
でも、腫瘍の成長を遅らせる治療なら出来る。

癌センターでの治療に付き添う息子は、長い待ち時間を利用して
母と本について語り合う。ふたりきりのブック・クラブの始まりだ。

元々、読書家一家のふたりである。それまでにも本について語り合う
ことは多かったが、今度はふたりが同じ本を読んで感想を語り合う。

勿論、本の話ばかりではない。本に絡めて母の生きて来た道のり、
著者の子供の頃の思い出も綴られている。

このお母さんが、とても素敵な人だ。若い頃は演劇を学び、教育
関係の仕事に就き、高校の校長を務め、3人の子供を育て、教育
関係から身を引いたあとは難民支援に活動の場を移す。

世界中の危険な地域に自ら赴き、苦しんでいる人々に為に何が
出来るかを考え、資金を集め、多くの人に会い、いろんな話をする。
そして、末期癌を宣告された時にはアフガニスタンに図書館を建設
するプロジェクトに取り組んでいた。

ご本人の心の葛藤までは分からないが、病とも真正面から向き合い、
決して動じることもない。化学療法も効果が薄くなり、医師が提案した
実験的治療も断り、確実に死へと向かう準備の為にホスピスケアに
切り替える決断をする。

家族の要でもあった母は、自分の死後の準備も着々と済ませて
静かに死を迎え入れようとする。

いろんな本が登場する。邦訳されていない作品もあるが、日本でも
入手出来る本も多く、なんと夏目漱石の『こころ』までもが登場する。

興味深く読み進めて、徐々にページ数が少なくなって来ると「ああ、
このお母さん、もう少しで亡くなってしまうのだな」としみじみした。

でも、泣けるって本でないのだ。途轍もなく温かい本なのだ。癌と
向き合いながら、自分を取り巻く人々に常に気を配る母。確実に
死に向かっていく母との残り少ない時間を過ごす息子。

「僕は母さんを誇りに思うよ」

ある日の癌センターの診察日、著者が母に言った言葉が印象的
だった。素敵な本でした。