うちの子に限って

アメリカの利益を損ねる行動を辞めたら、亡命を認めよう」

亡命先が決まらずにロシアの空港での滞在が続く元CIA職員に
対しての、ロシア・プーチン閣下のお言葉。

閣下、何をお考えか。アメリカの利益?オバマ大統領に恩を売ろう
ということか。そうして、欲しい情報だけ引き出したら…ブルブル。

妙なことを想像してしまった。当の元CIA職員が亡命撤回をして
しまったから実現しないだろうけれど、本当にロシアに亡命して
いたら、益々スパイ映画だよ。

『「少年A」この子を生んで……父と母 悔恨の手記』(「少年A」の
父母 文春文庫)読了。

1997年、神戸市須磨区。14歳の少年による児童連続殺傷事件が
起きた。被害児童の切断された首が中学校の校門に置かれると
いう衝撃的な事件だであり、少年法の見直しがされるきっかけと
なった事件でもある。

本書は加害少年の両親が綴った手記である。出版当時に読もうと
思ったのだが、本書の印税が被害者家族への賠償に充てられる
とのことだったので見送った。

ある日突然、我が子が猟奇的事件の犯人となり自分が加害者
家族になったら…。「うちの子に限って」。きっと多くの親がそう
思うのだろう。

この少年の両親にも、我が子が犯人だったことは言葉に出来ない
ほどの衝撃だったに違いない。だが、なんか違うのだ。

被害児童とその家族に対しての「申し訳ない」との言葉は確かに
記されている。しかし、父親にしても、母親にしても認識が甘過ぎ
やしなかったか。

小学校の高学年から問題行動があった少年に対し、「男の子だから
こんなことがあっても当たり前」で片づけてしまっている。少年の
一連の問題行動のなかに、犯行へと向かわせる片鱗があった
のではなだろうか。

父親は少年の逮捕前後の日々を日記形式で、母親は少年の
育成歴を綴っている。報道では母親の躾が厳しかったとあった
と思うのだが、厳しいどころか過保護、否、相当の放任があった
のではないだろうか。

客観的になろうと努めて読んだのだが、文章の端々にカチンと
来る表現がある。本書の構成にはジャーナリストが関わっている
ようなのだが、言葉の使い方の指導はしなかったのか。

使われる言葉の拙さ、幼稚さ、語彙の少なさが「本当に事件を
真摯に受け止めているのか」と疑わせてしまっている。

殺害された男児の父親が綴った手記が被害家族の喪失感や
マスコミへの憤りを余すとこなく表現しており心に突き刺さった
のに比べ、本書は違和感ばかりが募った。

これでは被害者家族から出版差し止めを求められたのは、
当然かもしれない。

警察官に強い調子で言われるまで、被害者家族への謝罪も
思いつかなかったそうだが、弁護士もなんの助言もしなかった
のだろうか。

加害者家族。それは辛い立場なのであろう。なのに、この両親は
語れば語るほど、反感を買いそうなんだよな。