水門を開いた秘密の友人

旦那が泣きながら帰って来た(本当は噓泣きなんだけど)。新たに知り合いに
なったアメリカ人に私が日本人だと告げると「リメンバー・パールハーバー」と
言われたとか。

「そういう時はなんて言い返せばいいんでしょうか」

そうだねぇ。「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ」とでも言ってやれ。
そして、弾頭を外しただけで「核不拡散条約を履行してますよ」って言う
なって。

あ…それを言ったら旦那の祖国にも跳ね返って来るか。

ディープスロート 大統領を葬った男』(ボブ・ウッドワード 
 中央公論新社)読了。

まぬけな不法侵入事件だったのに、犯人が多額の現金と盗聴器を
所持していたことからアメリカ政府史上最大のスキャンダルとなる
ウォーター・ゲート事件の幕が開いた。

アメリカ・メディアはこぞってこの事件を取り上げ、各紙が報道合戦を
繰り広げる。

報道をリードし、後に顛末をまとめ、調査報道の金字塔と言われた
大統領の陰謀』を書いたのが「ワシントン・ポスト」の若手記者、
カール・バーンスタインと、本書の著者であるボブ・ウッドワードだ。

彼らの報道の裏には複数の情報提供者がいた。その中でも最も
重要な情報提供者が存在した。ディープ・スロートと呼ばれた、
完全なる謎の存在。

海軍士官だった著者が、偶然、ディープ・スロートと出会い、言葉を
交わす場面から、ディープ・スロートの家族と弁護士が正体を公に
するまでを描いている。

その正体が判明するまで、ディープ・スロートではないかと疑われた
人たちが何人もいた。ディープ・スロート接触を持った著者は、
正体を憶測する記事や本が出る度にコメント求められる。だが、
ヒントになることさえも一切口にしない。

それはジャーナリストとしての矜持だから。情報源については
提供者の生前には絶対に正体を明かさないとの。

ディープ・スロートペンタゴン・ペーパーズのエルズバーグのように
内部告発をした訳でも、文書を持ち出した訳でもない。著者が事件の
核心に迫るようヒントを与え、正しい方向に導いただけだ。

しかし、それはかなりの程度、捜査状況に精通している者にしか
出来ない誘導だ。事件当時の、著者とディープ・スロートとの
やりとりは緊迫感に溢れている。

事件から30年近く経って、著者は再びディープ・スロート接触する。
しかし、再開したディープ・スロートは昔日の彼ではなかった。

認知症を患い、過去のほとんどを思い出せない。あの頃の彼と、
今の彼とは同じ人物ではない。ならば、あの時、正体を明かさない
とした約束は無効ではないのか。

いや。ディープ・スロートは覚えていたことがある。自身の上司であり、
FBI帝国を作り上げたエドガー・フーヴァーのこと。そうして、著者と
友人であったこと。

この再会の部分がとても切ない。思い出せないことばかりが多く
なったディープ・スロートの記憶を、無理矢理こじ開けるような
ことを控えた著者の気遣いのなかで交わされる会話に泣けて
来る。

露悪的な暴露本ではない。ディープ・スロートの役割、加えて情報
提供者とジャーナリストの関係が分かりやすく書かれている。

ディープ・スロート。元FBIのNo.2。彼の名はマーク・フェルト
2005年にディープ・スロートであることを公表し、2008年にこの
世を去った。

彼が何故、ディープ・スロートとなりニクソン政権崩壊に手を貸した
のか。動機は永遠の謎となった。