150年の時を経た、奇跡の物語

ある奴隷少女に起こった出来事』(ハリエット・アン・ジェイコブズ 大和
書房)読了。

立つことも出来ない狭い屋根裏部屋。顔を合わせるのは限られた
家族だけ。愛おしいふたりの我が子の姿さえも、わずかな覗き穴
から眺めるだけ。

約7年、そんな生活を送らねばならなかった女性がいた。1820年代の
アメリカ・ノースカロライナ州。そう、奴隷制度下の南部で生を受けた
彼女もまた、奴隷であった。

少女時代、彼女の所有者であった女主人は優しい人だった。読み書きを
教えてくれた女主人の下では自分が奴隷という身分であることさえ意識
せずに暮らせた。

しかし、その女主人の死と立て続けに両親が他界したことで彼女の
生活は一変する。新たに彼女の所有者となった医師は、聡明で
美しい彼女に性的な欲望を抱き、その妻からは嫉妬の炎を向け
られる。

子供は母親の身分に隷属する。彼女が医師の子供を産めば、それは
彼の財産となり、彼の好きなように売り払うことが出来る。馬や豚と
同じように人間が競売にかけられる。奴隷制度は、親子の絆を持つ
ことさえ黒人には許しはしなかった。

医師の魔の手から逃れる為に、彼女は一計を案じる。彼女に好意的
な別の白人男性との間に子供をもうけることだった。

だが、医師の迫害の手は緩むことはない。そうして、逃亡の機会を
伺いながら、冒頭のような隠遁生活が始まったのだ。

本書は150年前に出版されたのだが、当時は奴隷制度に反対する
人々の間で密かに読まれただけであった。それも、奴隷制度に
反対する白人女性が書いたフィクションだと思われていたそうだ。

奴隷として生まれ、奴隷として遇され、でも心だけは隷属すること
なく理不尽な境遇と闘い、自由を得ようとする彼女の強さに驚か
される。1世紀半の時を経て甦った物語は、まったく色褪せてない。

「鞭で打たれる痛みには耐えられる。でも人間を鞭で叩くという
考えには耐えられない」

著者である彼女の弟が子供の頃に語った言葉だ。奴隷制度下の
人々の話を読むたびに思う。「同じ人間なのに」って。

尚、本書は出版当時に関係者が存命だった為、登場する人々は
仮名で書かれている。