傷口をこじ開けただけか

『炎上 1974年富士・史上最大のレース事故』(中部博 文藝春秋
読了。

専門学校に通っていた頃だったか。一時期、オートバイ・レースの観戦
に夢中になったことがあった。

私自身は二輪車も四輪車も免許を持っていないので、マシンのことなんて
何も分からない。でも、あのスピード感と緊張感に魅了された。

最速の者が勝利を飾る。それは二輪のレースでも四輪のレースでも
変わらない。そしてスピードを求めれば、自ずとすぐ隣には危険が
存在する。

「音速の貴公子」と呼ばれたF1レーサー、アイルトン・セナのレース中の
事故死はレース・ファンでなくとも少なからぬ衝撃を受けた。

起こらないに越したことはない。しかし、哀しいかなレースには事故が
つきもである。日本で開催される自動車レースでも、幾多の事故が
起こり人命が失われている。

その中でも史上稀に見る事故とされるのが、本書で取り上げれられ
ている1974年の富士グラン・チャンピオンシリーズ第2戦での多重
クラッシュ事故である。

マシン4台が炎上し、ふたりのドライバーがマシンもろとも焼死。事故の
きっかけとなった最初の接触事故の当事者のうちひとりが業務上過失
致傷罪で書類送検された(のちに不起訴)。

この悲惨な事故は何故起こったのか。起訴こそ免れたものの、レース中
の事故で何故ドライバーが書類送検されたのか。

著者は当時の専門誌や新聞記事を調べ、レースに関わっていた人々、
出場していたドライバーたちにインタビューをしている。その過程は
非常に興味深いのだが、結局は事故当時に報道された以上の答えは
出ていないし、結論は読み手に任せているような印象を受けた。

当時のレースの安全基準は現在とは違うということを繰り返し述べて
いるのだが、それは事故が起きても仕方ないことの免罪符にはならぬ。

悲惨な多重クラッシュの原因となった最初の接触事故のふたりの
ドライバーにも話を聞いているのだが、肝心の点はぼやけたまま。

ただ、コースアウトし一歩間違えば自分が落命していたかもしれない
ドライバーが重い口を開いて亡くなったふたりのドライバーのことを
語った部分は切ない。

長年、事故に対して沈黙を守り続けて来たドライバーの苦しく切ない想い
にこの本が報いているかは大いなる疑問が残るけど。