上野のもうひとつの顔

スマートフォンの画面を見ながら歩いてるんじゃねぇよ。そんで、
いきなり立ち止まるんじゃねぇよ。危うく駅の階段で追突事故に
なりそうだったじゃないか。

携帯用端末がどんどん進化して便利になった分、みんな周りを
気にしなくなったよね。

ゲームをしているのか、動画を見ているのか知らないが、にやにや
しながら歩いているのは不気味だぞ。

家から一歩出たらそこは公共の場。周りの人を気にしましょう。
小学校で、家庭で、そういう風に教わりませんでしたか〜?
プンプンッ。

『ホームレス入門 上野の森の紳士録』(風樹茂 角川文庫)読了。

今から数十年前。子供の頃、上野の地下道は薄暗くて少々怖い
場所だった。それなのに亡き祖母は上野に行くと必ず地下道を
ゆっくりと歩く。

そこには傷痍軍人がいた。本当にそうなのか、傷痍軍人を装っていた
のかは分からぬ。だが、子供の私には彼らの姿がとても怖かった。

祖母は彼らの前に置かれた器に小銭を入れ、小さな声で「よくお帰りで」
で声をかけて歩いていた。

そんな思い出のある上野も、いつの間にか傷痍軍人は姿を消していた。
彼らと入れ替わるように路上で生活する人たちが目に付き始めたのは
いつ頃からだったろう。

路上や地下道だけではなく、広大な上野公園も彼らの生活の場だ。
失業を機に自分もいつホームレスになってもおかしくないと思った
著者が、上野公園のホームレスたちに親近感を持ち、その生活や
お役所との問題を追ったルポルタージュである。

ホームレスといっても彼ら・彼女らが路上や公園に行き着いた理由は
様々だ。本書に登場するホームレスはそれぞれに個性的。元教師
だったり、植林業者だったり、自営業者だったり。

彼らの生活やホームレスを取り巻く状況は興味深いが、著者の立場
がかなり微妙なのが気になる。

日本は海外へのODAで何兆円もの金をつぎ込んでいるのに、国内の
困窮者に対しては有効な対策を打ち出していないと批判するのだが、
著者本人も失業するまでは海外の支援コンサルタントをしているのだ
よな。

多分この人、自分が失業しなかったらホームレスたちに目を向けなかった
と思うのだけれど。なんだかすっきりしない読後感である。

本当にホームレスを体験しその経験を綴った松井計の『ホームレス作家
の方が面白かったな。

ただ、ホームレスたちを取り巻く環境を知るには参考になる。