偶然が生み出す「決定的瞬間」

ピュリツァー賞受賞写真全記録』(ハル・ピュエル:著/デービッド・
ハルバースタム:序文/ナショナルジオグラフィック:編)読了。

1917年、アメリカの新聞王だったジョゼフ・ピュリツァーの遺言により
ジャーナリストの質の向上の為に設けられたのがピュリツァー賞だ。

報道写真部門が設けられたのは1942年。その初年から2011年までの
受賞写真を収録したのが本書である。

購入するのに1ヵ月ほど悩んだ。ただでさえ我が家には写真集が多く
ある。専用棚は既に飽和状態。それなのに何をやってくれるのだろう、
ナショナルジオグラフィックは。それでも新刊書店のから手招く誘惑
には抗しきれず、購入してしまった。うぅ…本棚、買わなきゃ。

子供の頃、祖母が購読していたグラフ雑誌で目にしたが日本人初の
受賞作となった「浅沼社会党委員長の暗殺」だった。撮影者は毎日
新聞のカメラマンだった長尾靖。あの頃は受賞作だとは知らずに
眺めていた。

後年、ノンフィクション(ジャーナリズムという言葉はまだ知らなかった)
に興味を持って写真も多くを目にするようになった。長尾氏以外には
日本人ではふたりの受賞者がいる。

その作品は共にヴェトナム戦争で生まれた。川の流れに首まで浸かり
ながら危険な場所から逃げるヴェトナム人一家を撮った沢田教一
「安全への逃避」。降りしきる雨の中、ポンチョをまとい束の間の休息
を得ようとするアメリカ兵を写した酒井淑夫「より良きころの夢」。

過去の出来事が、写真を通して現代に甦る。そこには時空を超えた
「瞬間」が存在している。

報道写真なので戦争や内乱、事件、事故が多いのは致し方ないが、
オリンピックやアメリカ大統領選挙、家族の再会などの作品もある。

撮影時の状況が物議を醸した「ハゲワシと少女」はそのインパクトも
さるものながら、撮影者ケビン・カーターのその後に思いを馳せると
切なさが一段と胸に迫る。

その写真が撮影された時の状況、撮影データなども記されており
読み物としても役に立つ。

ファインダーを通し、悲しみや喜びを切り取り、世に残そうとして
来たすべてのカメラマンに感謝を。そして、彼らの感じたであろう
痛みを、少しでも理解出来るよう。

彼らがそこにいて、ファインダーを覗いていたのは、偶然に過ぎない
のだから。ほんの少し、何かが違っていれば別の誰かがそこにいた
かも知れないのだから。