歌に殉じる
今年も神田ふるほんまつりの季節がやって来たのだが、なぜか今年は
旦那以外の同行者が出来てしまった。
知り合って間もない知人である。古い付き合いの友人が主催している
サークルの手伝いをしたのがきっかけで知り合った。
私とはかなり読書傾向が違う。それはいいのだが、先日、ふるほんまつり
の話をしていたら「一緒に行く」と言い始めた。
ふるほんまつりもそうだが、展覧会等は私の行動パターンを把握している
旦那以外と同行するのは好まぬ。出来るならひとりで行きたい。その方が
好き勝手に見て歩けるからだ。
案の定なのである。自分のペースで本を探したいから「○時に岩波ホール
の前に集合」と別行動を取ろうとしたのに、後を着いてくる。これが落ち着かぬ。
今日はもう駄目だ。諦めて帰宅した。購入したのは森茉莉全集のみ。探した
かったノンフィクション作品がたくさんあったのになぁ。
開催期間中、もう一度公休日があるからその日はゆっくりと見て来ようっと。
『北朝鮮に消えた歌声 永田絃次郎の生涯』(喜多由浩 新潮社)読了。
2010年に一枚のCDが発売された。「甦る幻のテナー永田絃次郎(金末吉)」。
この永田絃次郎が本書の主人公である。
「音楽の勉強がしたい」。その一念で戦前に朝鮮半島から単身、日本に渡り、
陸軍戸山学校軍楽隊を首席で卒業。戦時中は国威発揚の唱歌でヒットを
飛ばし、三浦環の初の日本公演では相手役を務めたテナー歌手である。
日本を代表するテナー・藤原義江と双璧をなした彼は、戦後の在日コリアン
帰国事業で北朝鮮に帰国する。
芸術を愛した金日成に寵愛されたが、徐々に表舞台から姿を消し、政治犯
として処刑されたとの噂まで流れた。
実は持病の肺結核の悪化で病死しているのだが、国が国だけに帰国後の
永田の足跡を追える資料がほとんどない。作品としては少々残念だが、
歌う場所を求めて「地上の楽園」と騙されて帰国し、しまいには歌いたい
歌も歌えずに亡くなってしまった不出世の天才がいたことを知るにはいい。
永田は著名人だけあって、ある程度の資料は残されているが無名の一般人
も多くが帰国事業で北へ帰って行った。こういう人たちが帰国後にどんな
生活を強いられたかを知るには、かの国の政治体制が崩壊するまで
無理なんだろうなぁ。