局所最適、全体崩壊

女形の最高峰、歌舞伎役者の中村芝翫が亡くなった。肝不全。享年83歳。
確か先月には舞台に立っていたのではなかったか。人間国宝の舞台は、
もう見られなくなった。ご冥福を祈る。合掌。

『さよなら、サイレント・ネイビー 地下鉄に乗った同級生』(伊東乾 集英社
文庫)読了。

オウム真理教が引き起こした地下鉄サリン事件。その実行犯のひとりが
著者の大学の同級生・豊田亨である。

なぜ彼がオウム真理教に心酔し、不特定多数の被害者を出した大事件の
実行犯となったのか。そんなことを期待して購入したのだが、まったくの
期待はずれ。

それどころか、読んでいるうちに腹が立って来た。オウム真理教や実行犯
たちにではない。この著者に…だ。

都合よく著者の意見を理解する女子大生の「相棒」。自分の自慢話。豊田の
法廷での様子は他作品からの引用、しかも後出し。そして、「加害者が最大
の被害者」って本気で考えているのか?

遺族・被害者の神経を逆なでするとは、正にこのことだろう。薬物までを
使用したオウムによるマインド・コントロールは確かにあっただろう。だから
といって、無関係な多くの人々を殺傷した本人が最大の被害者って言い方
はないだろう。

恐怖による脳の働き等、部分部分では「なるほど」と思うところもあるのだが、
全体を貫いているのは犯罪者となった同級生の擁護に他ならない。著者は
オウム真理教を評して「局所最適、全体崩壊」と言うが、本書こそ「局所最適、
全体崩壊」なのではないか。

これが開高健ノンフィクション賞受賞作品かよ。まぁ、縁故応募での受賞
だからなぁ。こんな作品にこの賞を受賞させた集英社は、ノンフィクション
てものを分かっているのだろうか。