孤独な背中

例年であれば終戦記念読書の8月15日である。しかし、今年は大作に
挑戦中の為、先の大戦関連の作品が読めず。それでも、正午前から
戦没者祈念式典の模様をテレビで観る。

相変わらず書いてあることさえまともに読めないすっから菅首相
式辞だった。ちゃんとリハーサルして来て下さいな。読むだけなんだ
からさぁ。

震災はあったけれど、日本は平和である。でも、世界がすべて平和で
あるわけじゃないんだよな。そんなことを考えてみた。

ローマ人の物語17 悪名高き皇帝たち[一]』(塩野七生 新潮文庫)読了。

ここからは歴史上、悪帝・愚帝と呼ばれた4人の皇帝たちが本当に歴史の
評価通りだったのかの検証が4巻続く。

自分の血の継承に妄執とも言える執着を見せたアウグストゥスの後継者と
なったのは、妻の連れ子であったティベリウスだった。彼の後継就任は
その最初から哀しみが付き纏っていた。

元老院議会場で読み上げられた先帝の遺言状には、暗にティベリウス
次の後継者までの中継ぎであることが盛り込まれていた。

それでもティベリウスは自分に与えられた地位を、堅実に務める。膨らむ
支出を抑える為の緊縮財政策、先帝がカエサルの計画になったのに
広げようとしたゲルマン民族に対する防衛線からの撤退。

先帝とその右腕だったアグリッパが造りまくった公共建築物やインフラの
メンテナンス。地味だけれど大切な仕事を重視したティベリウスだったが、
人間ははっきりと目に出来るものに多くの評価を置く。その為に、市民から
は不人気の皇帝であった。

そして、アウグストゥス同様、ティベリウスにも家族の問題が持ち上がる。
若くして不慮の事故で世を去った弟ドゥルーススの子であり、養子に迎え
たのが軍事面での才能を花開かせたゲルマニクスだ。

兵士が反乱を起こせば「死んだ方がまし」と自分の胸に剣を突きたてようと
したり、北海の嵐で沈没する船が多くなると自分の責任だと叫んで海に
飛び込もうとしたりと、情熱の武将である。

このゲルマニクスが毒殺説さえあった病気で没したことが発端となり、
先帝の血を受け継ぐ彼の妻が反ティベリウス派を組織することになる。
この人物こそ、歴史上の悪女に名を連ねることになるアグリッピーナ
である。

もうねぇ、アグリッピーナに対する著者の筆の辛辣さったらないのだ。
確かに女の嫌な部分を凝縮したような、愚かな女性ではあるのだが、
グラックス兄弟の母や、カエサルの母に見せた温かさ一切なしだもの。

さて、ティベリウスである。家族の問題、政治判断から逃げようとする
元老院に嫌気が差したのか。彼は地中海の小島カプリへ隠遁して
しまう。

先帝の直系ではないけれど、着実に堅実にパスク・ロマーナを盤石にした
皇帝は、自身の神格化も頑なに拒否し、追従にはやんわりと批判を浴びせ、
真面目過ぎるほどのひたむきさで帝国のあるべき道を目指した。それが
彼を孤独にしたのかも知れぬ。

鍛えられた長身を長衣に包んだその背中には、悲哀が滲んでいるように
感じるな。