英雄たちの退場

評論家・松浦総三が亡くなった。結腸癌。享年96歳。改造社の編集者を
経て、反天皇反戦の立場からの発言を繰り返した人。

若い頃、何作かこの人の著作を読んだっけ。御冥福を祈る。

ローマ人の物語5 ハンニバル戦記[下]』(塩野七生 新潮文庫)読了。

ハンニバルvsスキピオ。結末は分かっているのに、なんでこんなにワクワク
ドキドキするんだろうか。これが戦記の魅力か。

多分に著者のふたりに対する愛情もあるのだろう。楽しんで書いているのが、
行間から伝わって来る。

さて、英雄ふたりのその後だがハンニバルカルタゴを逃れて他国に亡命。
ローマに勝利をもたらした司令官として帰還したスキピオも、国内の反スキピオ
によって弾劾裁判にかけられる。裏で糸を引いていたのは、後に対カルタゴ強硬派
として熱弁を繰り返す大カトーだ。

元老院議会場でまるで吊るし上げのような目に遭うスキピオに対し、ひとりの若者
が発言を求めて立ち上がる。

「神々より守られて祖国のためにあれほども偉大な貢献をなし、共和国ローマでは
最高の地位にまで登りつめた人物が、人々から感謝と尊敬の念を捧げられた人物
が、今、被告席でさらし者にされようとしている。演壇の下の席に引きすえられ、
彼に対する弾劾と非難を聴くよう強制され、心ない少年たちの悪罵さえ浴びよう
としている。
 このような見世物は、彼スキピオの名誉を汚す以上に、われわれローマ市民の
名誉を汚すことになる」

人々の心を動かしたこの演説の主は、対ハンニバル戦で奴隷軍団を率い、40代
の若さで亡くなったグラックスの息子であった。父親も魅力的なら息子もいい
じゃないか。

ふたりの英雄が表舞台から去った後、ギリシャではマケドニアが、そして地中海
世界を手中に収めていたカルタゴが滅亡する。

3年の籠城の末、ローマに敗れたカルタゴの街はあとかたもなく焼き払われる。
栄華を誇った敵国の滅亡に、ローマ軍の総司令官は涙を流した。

「いずれはトロイも、王プリアモスと彼につづくすべての戦士たちとともに
滅びるだろう」

ホメロス叙事詩の一節を口にする総司令官に、同道していたギリシア人の
歴史家・ポリビウスは、何故その一節をと訊ねる。

「ポリビウス、今われわれは、かつて栄華を誇った帝国の滅亡という、偉大なる
瞬間に立ち合っている。だが、この今、わたしの胸を占めているのは勝者の
喜びではない。いつかはわがローマも、これと同じときを迎えるであろうという
哀感なのだ」

富と海軍力を誇ったカルタゴの最期を見届けたローマ軍の総司令官は、スキピオ
エミリアヌス。かのスキピオ・アフリカヌスの養孫である。

さぁ、次巻ではスキピオ家とグラックス家、両家の血を引くグラックス兄弟の登場だ。