それぞれの愛

「どこにスパイに行くんですか?」

出がけに我が家のスパイ…じゃなかった。旦那に聞かれた。派遣先で
スパイをしている訳ではありませぬ。あなたじゃあるまいし…。

「でも、それ…」

本物のスパイが胸に大きく「KGB」って書いたTシャツを着ているとは
思いませぬ。あ…そういう分かりやすさこそ相手の油断を誘うかも
しれないな。どっかの諜報機関に売り込んでみようか。笑。

『クラウディア 奇蹟の愛』(村尾康子 海拓舎)読了。

蜂谷弥三郎。身に覚えのないスパイ容疑でシベリアの強制労働収容所に
送られ、日本に帰国することさえ許されなかった人。

その彼が収容所からの釈放後に出会ったのが、天涯孤独なロシア人女性
クラウディアだった。夫婦として生活を始めたふたりだが、周囲には常に
監視の目があり弥三郎の無罪を信じるクラウディアには白眼視が向けられる。

ふたりがそろそろ、お互いの死を意識し始めた頃、弥三郎にやっと帰国の
望みが見えて来る。平壌で離れ離れになった妻子の元へ、弥三郎を帰して
あげたい。クラウディアは帰国同意書を書き上げ、病んだ体でハバロフスク
の長旅をする。

「他人の不幸の上に自分の幸福を築き上げることは、人道上、決して許される
べきではないとの考えは、私の固い信念でもございますので、どうぞ弥三郎
さんの帰国が一日でも早く実現いたしますようにご支援のほどお願い申し
上げる次第でございます。」

帰国同意書に記されたクラウディアの言葉だ。なんという愛情だろう。日本には
弥三郎の生存を信じ、再婚もせずに一人娘の久美子を育て上げた久子が待って
いる。自分もまた、弥三郎の妻。それなのに、クラウディアはあえて別離を選んだ。

弥三郎も久子も、そしてクラウディアも不条理な現実に直面して生きて来た。
多くの不幸を抱えた人たちの、深遠な愛情を垣間見た。

秀逸なノンフィクションだが、現在は絶版らしい。残念。文庫で復刊してくれないかな。