あの頃、翻訳出版は冒険だった

「総理は〈最高責任者〉というわりには責任をとったことがない、
という声がありますが、彼にとってはそれも当たり前なんでしょう。
彼は〈至高の存在〉という意味で〈最高責任者〉という言葉を使って
ますからね。つまりはご自身を戦前における天皇と似たような存在
だと見なしてるのでしょう。」

作家・松井計さんのTwitterでの呟き。なんか納得だわ。

だから平気で嘘を吐くのかな。辞書を引いたら「そもそも」には「基本
的に」と言う意味があるなんて言ってたが、我が家にある複数の辞書
には載ってなかった。

でんでん晋三〜、それどこの出版社の辞書か教えて〜。

『翻訳出版編集後記』(常盤新平 幻戯書房)読了。

今ではすっかりノンフィクション専門になってしまったけれど、貪る
ように小説を読んでいた頃、私の本棚は東京創元社早川書房
の文庫に占拠されていた時期があった。

海外エンターテイメントの両雄の出版社である。その早川書房
10年間、編集者及び翻訳家として勤務した時期の回想録が本書。

1970年代に「出版ニュース」に連載されたエッセイをまとめた作品
なので、同じような話が繰り返されるのはご愛敬。

初めてのニューヨーク出張、海外作家のエイジェントとのやり取り、
版権料の話、海外小説の情報収集方法。多分、今では大きく違って
しまっているのだろうが、翻訳書が今ほど豊富ではなかった時代に、
翻訳出版専門の出版社の内部の様子が面白い。

1ドルが360円の時代である。150ドルの版権料を115ドルに値切る
のだって必至だよね、版元としては。

先輩編集者や翻訳者との思い出話がたくさん出て来るが、中でも
一番印象深かったのは初代「SFマガジン」編集長で、「SFの鬼」と
呼ばれた福島正実氏への親愛の情である。

これは本書の解説を書いている宮田昇氏も福島氏へのオマージュ
が込められていると表現している。SFを愛し、SF一筋に生きて47歳
の若さで亡くなった福島氏の業績を書き残したくて書かれたエッセイ
なのではないかと感じさせる。

海外のベストセラー情報が今のように簡単に手に入る時代ではな
かった翻訳出版黎明期。常盤氏が書いているように「あの頃、翻訳
出版は冒険だった」のだろう。

それだけに翻訳も「名訳」と呼ばれる作品も多かったのだと思う。

「翻訳の問題は奥が深いと思う。何がいい訳で、何が悪い訳かは、
人によってちがう。私がいい訳と主張しても、これに反対する人も
いるだろう。しかし、万人が認める名訳もあるはずだ。たとえば、
アーサー・ヘイリーなら永井淳シムノンなら矢野浩三郎、チャン
ドラーなら清水俊二アイリッシュなら稲葉明雄というように。」

はい、ここ大事です。「チャンドラーなら清水俊二」。なんで村上
春樹訳にしちゃったんだろうな、早川書房。『長いお別れ』『さらば
愛しき女よ』を、『ロング・グッドバイ』やら『さようなら、愛しい人』
にされちゃったら、それはもう私が愛したフィリップ・マーロウ
はないのである。

と、最後は愚痴になってしまった。でもね、本書を読んでいると
書棚の収容量の関係で既に手放してしまった早川書房の作品
を読みたくなるほどに、素敵な回想録でした。

昔のノンフィクションの作品、復刊してくれないかな。『パリは燃えて
いるか』は復刊したけれど、他にも読みたい作品が多いんだよな。