置き去りにされた悲しみ

「蝶のように舞い、蜂のように刺す」。ボクシングの世界ヘビー級の
元チャンピオン、モハメド・アリが亡くなった。

リングでは勿論のこと、国家の理不尽とも闘った偉大なボクサーの
ご冥福を祈る。合掌。

『君とまた、あの場所へ シリア難民の明日』(安田菜津紀 新潮社)
読了。

「ねぇねぇ。こんな綺麗な場所、どうして壊しちゃうの?」

「シリア難民についての話をして欲しい」との要請で宮城県の小学校
に招かれた著者は、内戦前のシリアの首都ダマスカスの風景を撮影
した写真を子供たちに見せた。

その時に1年生の女の子が発したのが上記の質問だ。誰が答えら
れるだろう。政府軍も、反政府勢力も、そしてISもきっと答えられない
だろうと思う。勿論、私もだ。

内戦前のシリアはイラクからの難民を受け入れていた。その国が今度
は多くの難民を出す国になってしまった。

2015年9月。シリアから逃れようとしてトルコの海岸に打ち上げられた
3歳の男の子の遺体の写真は世界に衝撃を与えた。日本のメディアで
は遺体部分にはモザイクがかけられていたが。

カタールのテレビ局・アルジャジーラのニュース番組では空爆で破壊
された街の風景や、怪我を追った小さいな子供を抱きかかえ泣き叫ぶ
父親の映像が流される。日本じゃほとんど報道されないが。

誰もが元から難民ではなかった。故郷があり、暮らす街があり、家族
があり、生活があった。それなのに日本では難民を揶揄するイラスト
がネット上に出回り、少ない数の人々が共感しているという現実もあ
る。

著者の安田氏はフォトジャーナリストだ。まだ若い女性なのだが、
彼女の作品は目の前の対象に向き合った温かさを感じさせる写真
が多い。

写真と文章で、ヨルダンの難民キャンプで暮らす人々の日常をレポー
トしている。残酷な写真は一切ない。否、ヨルダンの病院で怪我の
治療をしている子供たちの写真は、内戦の残酷さを伝えてはいる。

日本から遠い中東で起きていることは、国内メディアが報道しなけれ
ば私たちは忘れがちだ。ISによる邦人2人の殺害、トルコの海岸に
打ち上げられた男の子の遺体。それらは一定の期間、強烈な印象を
残す。だが、時間が経てばシリアが今でも内戦中であることは忘れ
てしまう。

故郷を離れて暮らさざるを得ない人たち。なかには難民キャンプで
生まれ、故郷を知らぬ子供もいる。シリアに平穏な日々が訪れるの
は、いつになるのだろうか。

帰りたいよね。そこが隣国の難民キャンプでも、子供たちの笑顔の
なんと美しいことか。彼ら・彼女らが、シリアに戻れる日が来ることを
強く、強く願わずにはいられない。