独立の英雄がいた一方で

『沈黙の向こう側 インド・パキスタン分離独立と引き裂かれた
人々の声』(ウルワシー・ブターリア 明石書房)読了。

こっちの地域はムスリムが多く住んでいるし、あっちの地位には
ヒンドゥー教徒シク教徒が多く住んでいるから、この辺りに
新しい国境線を引いてみるか。

第二次世界大戦で勝利したものの、大英帝国は落日を迎えていた。
世界中に散らばる植民地をそのまま維持できるほどの国力を失い、
イギリス領インド帝国はインド連邦とパキスタンに分割され、
独立した。

この分離独立は政治的には英雄を生んだ。だが、一般市民の間に
は大混乱を生み出した。

宗教で国境線が確定し、同じ民族が国境線で分断され、宗派間の
抗争が起こり、多くの難民が発生し、女性の拉致及びレイプが
多発し、民族浄化が起きた。

凄まじい暴力の嵐のなかを生き延び、忌まわしい記憶は家族の間
だけで語られ、決して公にされることはなかった。

あの時、何が起きていたのか。人々が心に抱え続けて来た沈黙の
記憶を、インタビューにより引き出したのが本書だ。

著者自身、母方の叔父だけがパキスタンに残り、家族の中に分断を
抱えてていた。この叔父との対話が切ない。インドへ移住した兄弟
姉妹からは財産目当てでパキスタンに残留したと思われ続け、
パキスタンの地も叔父にとっては安住の地ではなかった。

ヒンドゥームスリム、シクそれぞれが他宗教の女性を拉致した。
拉致や改宗を恐れた人々は家族や親族の女性を名誉を守る為に
殺害し、女性たち自らも自身や家族の名誉の為に井戸に飛び込み
命を絶つ。

歴史の年表にしたらたった一行で済んでしまうインド・パキスタン
分離独立だが、この一行の裏側では多くの惨劇が発生していた。

私自身が「これ」という宗教を持たないからかもしれないが、命
より名誉が重い世界があることがぴんとこない。親族に「殺して
くれ」と懇願する気持ちが理解出来ない。

命より重い名誉なんて糞くらえだと思うんだが…。

それでも、インド・パキスタン分離独立から約半世紀を経てまとめられ
た本書は貴重な証言の記録だと思う。しかし、訳者があとがきで記して
いるが日本語訳を出版するにあたって原書を大幅に割愛しているそうだ。

日本では理解しにくいだろうからと、不可触民に関する記述をばっさり
切り捨ててしまったのは残念。こういう点は読み手に委ねて欲しかった。