地球に堕ちて来た男

12月である。師走である。年末である。1年の最後の月である。
いろいろと忙しいのだ。「忙しい」は「心」が「亡くなる」と
書く。そして慌ただしいのだ。こちらは「心」が「荒れる」と
書く。

そんな時期にどうでもいい話を聞かされる。わたしゃ関係ない
のだよ。当事者同士でどうにでもしてくれ。巻き込まんでくれ。

面倒は嫌い。プンッ。

ガガーリン 世界初の宇宙飛行士、伝説の裏側で』(ジェイミー・
ドーラン/ピアーズ・ビゾニー 河出書房新社)読了。

その人は祖国のみならず世界中が注目する英雄となった。人類
初の宇宙飛行を成し遂げ、無事に地球へ堕ちで来た男・ユーリー・
ガガーリン

栄光の宇宙飛行士第一号は農民の息子であり、戦闘機乗りの
パイロットだった。ある日、ソ連全軍のパイロットから選抜
された20人のなかに入った。

さまざまな医療的な検査や精神的な実験を受け、1961年4月12日、
最終候補であるふたりが宇宙服を着せられてボストークの発射台
へと向かった。未知の世界である宇宙への挑戦権を手に入れた
ガガーリンはいくつかのトラブルに見舞われながらも地球への
帰還を果たした。

人類初の有人宇宙飛行を成し遂げた男。それだけしか知らなかった。
そんなガガーリンの生い立ちから死までを綿密に綴ったのが本書
である。

ソ連崩壊後の不安定な時期に、ガガーリンの家族、宇宙飛行士仲間、
開発関係者等に話を聞き、鉄のカーテンの向こう側に厳重に隠されて
いたガガーリンの姿を描いている。

茶目っ気があり、人好きのする青年はそのままでも有数な戦闘機
パイロットとして成長したのだろう。だが、運命は彼に宇宙へ
飛び立つチケットを用意していた。

生きて帰還できる保証もなかった有人宇宙飛行を成功させた時
から彼を取り巻く環境は大きく変化した。

フルシチョフ政権下でのガガーリンは祖国の偉大なる英雄である
と同時に、ソ連の政治的プロパガンダにとっても重要な人物と
なった。

しかし、ソ連共産党の広告塔としての役割は徐々にガガーリン
精神を蝕んでいく。本人は再度、宇宙へとの希望を持っていた。
だが、偉大なる英雄を死と隣り合わせにはできない。

宇宙へ行くどころか、本来の仕事であった戦闘機に乗ることさえ
も禁じられた。海外へ行き、会見をし、途切れることなく舞い込む
手紙に目を通し、政治家たちと共に国民の前に姿を見せる。

以前の生活へ戻りたいと、どれほど願ったことだろう。空を飛ぶ
こと。それがガガーリンの唯一の願いだったのではないだろうか。

フルシチョフ失脚後、ブレジネフが国のトップに立ったことで
ガガーリンを取り巻く環境も変わった。政敵であったフルシチョフ
に寵愛されたガガーリンを、ブレジネフは敬遠した。

皮肉なものでこのときやっと、彼は本体の戦闘機乗りに戻ること
ができるようになった。それなのに、彼と教官が乗った訓練機は
森林地帯の地面に激突し、青い地球を見た瞳は、再び地球を宇宙
から見る機会を永遠に失った。

このガガーリンの死について、いくつもの説があったことを
知らなかった。本書では何人かの証言を検証しているが、どれが
正しいかの判断は下していない。ただ、それぞれの証言の瑕疵を
しているだけ。

それが余計に著者のガガーリンへの愛を感じさせる。34歳で
帰らぬ人となったガガーリンの生涯のみならず、ソ連アメリ
の宇宙開発競争の合間に起きた事故等についても詳細に描かれて
いる。

しかし、ソ連の管制システムの酷さったらないわぁ。当時は極秘
事項だったのだけれど、今じゃこうしてその拙さが暴露されちゃう
んだものな。

本書で一番興味をそそったのはガガーリンのバックアップだった
第二の宇宙飛行士だったゲルマン・チトフの証言が得られている
ことだ。第二の男の哀しさ・虚しさ・口惜しさもあるのだろうが、
やはり一緒に訓練を受けたガガーリンへの尊敬と愛情を感じた。