還れなかった言葉の方がいいのだろう

アメリカ・トランプ大統領が来日である。今回は羽田空港
降り立った。

でも、警視庁の交通規制情報を見ると離日する5月28日は
首都高の湾岸線に規制が入らない模様。

ということは、赤坂プレスセンターからヘリで羽田または
横田基地へ移動ってことかな?

『最後の言葉 戦場に遺された二十四万字の届かなかった
手紙』(重松清/渡辺孝 講談社文庫)読了。

太平洋戦争の激戦地を辿るNHKのドキュメンタリー番組を
作成する過程で、アメリカ・ワシントンの国立公文書館
20余りの文書が発見された。

それはアメリカが日本と日本人を分析する為に、戦場に残され
た日本軍将兵の日記や手紙を翻訳した文書だった。

日本に残して来た家族に届かなかった言葉。戦後60年近くを
経て、戦場に遺されていた思いを家族に届けることは出来ない
だろうか。

作家・重松清をナビゲーターとして放送されたテレビ番組の
書籍版である。

サイパンで、ガダルカナルで、ニューギニアで、ソロモン戦線
で。それぞれに命を落とす寸前まで、極限状態に置かれてなが
ら家族への、想い人への、戦争への思いを綴った人たちがいた。

「この戦争は間違っている」「死にたくない」。アメリカ軍の
物量作戦に圧倒され、補給も経たれ、劣悪な環境に捨て石にさ
れた人々の、正直な思いが溢れている。

そうして、遺骨さえ還って来なかった家族の元に届けられる
「最後の言葉」たち。

このように書くと非常に感動的なのだが、いかんせん、私には
ナビゲーター役の作家・重松清の視点が邪魔だった。「ほら、
感動しなさい」と言われているようで興ざめ。発見された日記や
手紙の内容に思いを馳せる気持ちが分断された。

多くの将校や兵士が、祖国へ帰れぬだろうと思いながら日記や
手紙を綴り続けたのだろう。本書に取り上げられている4人は
ほんの一部だと思う。

たまたま、遺族を探す手がかりがあったから、家族の元へ届ける
ことが成功し、番組として成立したのだよね。

公文書館に英訳が保存されていた文書以外に、戦場で連合軍兵士
が個人的に持ち帰ったものもあっただろうし、それは今でもどこ
かの家庭で眠っているのかもしれない。

「グンイドノハヤクアゴヲ/ツケテ下サイ、ミンナト一ッシ/
ョニゴハンヲタベラレル/ヨウニシテ下サイ/グンイドノフネハイツ/
クルデスカ/ゴハンガタベタイナ/タンヲトッテ下サイ/ダンヲトッテ
下サイ/クチノナカノチヲフイテ/下サイ/モウネリタクナイ/ヒトリデ
小便マリマス/デ/ベンキカシテ下サイ/スマナイカ角ザトウ一ツ二ツ
モラ/ッテクレナイカネ」

これは『昭和の遺書 55人の魂の記録』(梯久美子 文春新書)に
収録されている筆者不明の文書である。軍医が持ち帰ったものだが、
このように文書が残されていても誰が書いたかが分からず、遺族へ
届かなかった文書も多くあるのだろう。

せめて言葉だけでも、想いだけでも、家族の元に帰れたらいいの
にね。

 

最後の言葉 戦場に遺された二十四万字の届かなかった手紙 (講談社文庫)

最後の言葉 戦場に遺された二十四万字の届かなかった手紙 (講談社文庫)