強制的トマソニアンだった頃

殺人罪で懲役13年の刑を受け、服役後に無実を訴えた男性の
再審の初公判で検察側は有罪の主張をしなかった。

1985年に起きた松橋事件は、これで実質、無罪判決が出る
ことになる。検察は当然、謝罪すべきだよね?警察の杜撰な
捜査と、自白に頼った逮捕に加え、検察も証拠隠しをしたの
だから。

超芸術トマソン』(赤瀬川原平 ちくま文庫)読了。

ゲーリー・トマソン。1981年と1982年に読売ジャイアンツ
在籍した元プロ野球選手である。1年目こそそれなりに活躍した
ものの、2年目には不発。それでも四番打者に据えられ続け、
まるで空振りを見せる為に出場し続けたような選手である。

そのトマソン元選手にちなんで名付けられたのが、不動産に保存
されている無用の長物「超芸術トマソン」なのである。

いやぁ、今読むと懐かしいわ。トマソンと、そこから派生した
路上観察学が流行ったのは80年代。ちょうど私がPR誌専門の
編集プロダクションに務めていた頃。

この場を借りて赤瀬川氏及びトマソン観測センターの皆様に謝罪
したい。当時の社長が雑誌に掲載されていた数々のトマソン物件
の写真を目にして丸パクリの企画を思い付いた。

そのパクリに手を貸したのが私である。不本意だったのだが、
共犯者になってしまったことに対し、深くお詫び申し上げる。
でも、既に赤瀬川氏も鬼籍に入っちゃっているんだよな。
遅かったか。

さて、トマソン。登って降りるだけの純粋階段、以前は門と
して機能してたはずなのに何かの理由で塞がれてしまった
無用門。取っ手まで付いているのに何故か二階の壁に設置
されている高所ドア。柵やワイヤーを飲み込みながら成長
しているもの喰う木。

どれも普通なら何の疑問も持たずに目にしているのだろうが、
「もしやこれはトマソンでは?」と意識して街歩きをすると、
続々とトマソンに遭遇してしまうのだ。

何の気なしに見ていたらただの「ヘンなもの」なんだけどね。
でも、一旦意識してしまうと「あれもトマソン、これもトマソン
になっちゃうの。カメラを持たされ、都内各所で強制的にトマソン
探しをさせられた私が胸を張って言うのだから間違いないっ!
(企画をパクっておいて胸を張るなって話だな)。

本書の中での圧巻は表紙カバーの写真にもなった麻布谷町に取り
残された銭湯の煙突。アークヒルズ誕生前、既に土地の買収が
進んでいた時だな。すり鉢状の土地にはそれでも木造家屋が
何軒か残り、取り壊された銭湯の煙突だけが聳え立っている。

この煙突のてっぺんに立って撮影された写真は今見ても秀逸。
高所恐怖症の人は要注意だが。

しかしなぁ、「麻布谷町」だったのに「アークヒルズ」でいいの
でしょうか。森ビルさん。

本書に掲載されているトマソン物件も、街の再開発などで既に
姿を消しているのだろうな。でも、再々開発が行われたらまた
もやトマソンが現われるかもしれない。

尚、本書ではパリや中国などの海外物件も掲載されているが、
ロシアまでは手が回らなかったのだろうか。私が知る限り、
ロシアは超芸術トマソンの宝庫なんだけどな。

バルコニーはあるけどそこへ出る窓がないとか、バルコニーに出る
窓はちゃんとあるにバルコニーの床がないとか、ドアから壁にしか
繋がっていない非常階段とか、天井に繋がる無用階段とか。

もしかしして、これがロシアアバンギャルドって奴かとも思うの
だが、あの国のことだから単なる施工ミスって可能性の方が大きい
のかもしれない。