極限状態からの生還の記録

「(シリアの)アレッポは今では地獄同様だ。なぜこれほどの時間が
かかっても解決されていないのだろうか」
「シリア国民を助ける事に失敗した」
「国際社会の団結と情熱が足りない」

今年いっぱいで退任する潘基文事務総長が記者会見で言っていたのだ
けれど、失敗も何も、あなたが一番何もしてなかたのではないでしょうか。
国連事務総長という役割より、韓国の次期大統領選の方へ気持ちが行っ
ていませんでしたか?

『ISの人質 13カ月の拘束、そして生還』(プク・ダムスゴー 光文社
新書)読了。

デンマーク人のダニエル・リューは体操選手を目指していた。デンマーク
代表も夢ではなかったが、練習中の怪我で体操の道を断念した。

大学で写真を学び、報道写真家に師事して自身も写真家になるという
新たな目標を掲げた。その第一歩として選んだのが徐々に内戦が激化
していたシリアだった。銭貨の中でも生活する人々の姿を写真におさめ
たい。そんな気持ちからだった

しかし、ダニエルの計画は当初から狂ってしまった。案内役を依頼した
人物が待ち合わせ場所に現れず、代理を頼まれたという人物と共に
シリア入りこそ果たしたものの、早々にISに拘束された。

ここから、ダニエルとその家族の悪夢が始まる。本書はダニエルの拘束
から解放までを本人及び家族、関係者の証言で再現したノンフィクション
だ。

書いているのはダニエル本人ではなく、別のジャーナリストなのだが
ISに拘束されて以降の拷問の描写があまりに生々しい。人間以下の
扱いである。拘束当初はスパイ容疑での拷問だったが、スパイ容疑
が晴れてからは見張りの番兵の気まぐれな暴力に晒される。

ただ、これはISが独自に考えた虐待ではなんだよな。例えばアサド政権
による反体制派に対する虐待であったり、アブグレイブなどでアメリカ軍
が収容者に行った虐待を手本にしている。そう、あのオレンジ色の囚人
服と同様なのだ。

あまりの辛さに自殺や脱走を試みるダニエルだが、それさえ叶わない。
結局はISの虜囚として家族が身代金を調達してくれることが遺された
希望だった。

フランスやイタリア、スペインなどと違ってデンマーク政府はアメリカ・イギ
リス同様に、テロリスト組織との交渉は行わないことを旨としている。ただ、
ダニエルにとって幸運だったのはアメリカ政府のように家族が身代金の
為の募金活動までは禁止していない点だった。

拘束中のダニエルの様子を読みながら思った。ISに拘束・殺害された
湯川遥菜氏と後藤健二氏のふたりも、ダニエル同様の過酷な生活を
送り、ご家族はダニエルの家族同様に不安と焦燥の日々を過ごして
いたのか…と。

本書にはISとの交渉窓口となった民間コンサルタントが登場するのだが、
彼はダニエルの解放後にISによって殺害され、ネットに殺害の模様が
公開されたアメリカ人ジャーナリストのジェームズ・フォーリーをも担当
していた。そして、ダニエルも監禁施設で8か月間をフォーリーと共に
凄し、フォーリーの遺言になってしまった手紙を暗記し、家族の元へ
届けるという辛い役目を果たした。

このような人質事件がある度に、自己責任が云々される。私は嫌いなの
だけれどね、この自己責任って言葉は。危険を承知で行ったのだから
殺されても当然…なんてことはないと思うのだもの。

デンマークに帰国後、ダニエルは大学で写真について教えていると言う。
それでもきっと、彼には終生、拘束の記憶が付きまとうのだろうな。そして、
2016年5月末に動画が公開されて以降、なんの情報も伝わってこない
ジャーナリスト安田純平氏がどうなっているのか気になっている。拘束
しているのはISと袂を分かったヌスラ戦線らしいのだけれど。

貴重な体験の記録ではあるが、佐藤優氏の解説はいらなかったかも。